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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第29章
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後ろめたさ、音楽の苦しみ

 11月29日


 バイト終わり、打ち上げがあるはずだというのに、本来の場所では飲んでない。


「ほら夏音! サビの5小節目直前で手叩くんだよ! ちゃんとやって!」


 ライブハウス以上にやかましい声が隣に響き、言われたとおりのことをしようとして手を止める。その直後に音琶が俺を叱責し、結羽歌は歌い続ける。それを見ている琴実は嬉しそうな表情をしながらグラスを拭いている。

 何故こうなってしまったのか。良い意味ではあるが、少し俺には騒がしい環境だ。




 数時間前......


「えっと、音琶ちゃん、夏音君......」


 サークルの陰鬱さとバイトの快適さの温度差を感じながらも、何とかして仕事を終わらせこれから打ち上げという時間になった時だった。

 唐突に結羽歌から呼び止められ、何事かと思ったら......、


「今日、これから琴実ちゃんのとこ、行かない......かな?」

「ん? これから?」


 俺が返す前に音琶が先に言い出したか。


「う、うん。実は今日、バイト終わった後行くって話してて、もし良かったら2人もって思って......。打ち上げのことはもうオーナーに伝えてるから......」


 唐突だな。そう言うことは出勤前に伝えてくれれば良いものを......。そう思って考え直す。確かに結羽歌の発言は唐突だった。だけどもっと物事を広く捉えてもいいのではないか。

 時間に五月蠅いサークルに縛られていたせいで、少しばかり変になっていたのかもしれない。別に打ち上げの参加不参加はオーナーに伝えればいいことになっているし、分かってくれるかはわからないが一応話をするくらいの権利は与えられているはずだ。


「そっか、そしたらオーナーに言っておくね。夏音もだよ!」

「わかってる、それくらい」


 やや冷たい態度を取りつつも結羽歌の誘いには受けていた。知らない奴らと会話するくらいなら、分かり合えている奴らと会話した方が、気が楽になるしな。


 まああれだ、基本土日はスタッフ多いわけだし、打ち上げ不参加のスタッフが居てもあまり支障がない。ましてや人間関係を大切にするように普段から言っているオーナーのことだ、誤魔化しは効かずとも結羽歌の提案を一切否定することなく......、


「そっか~。3人とも忙しいね~、楽しんでおいで!」


 嫌な顔一つせず受け入れてくれた。こんな大人になってみたいものだな。

 皮肉なことにオーナーの言葉とサークルの先輩の発言を比較してしまい、それだけ自分が追い詰められていることが改めて確認出来る機会にもなった。





 そんなことがあって今に至るが、目的地に着く頃には既に店内は賑わっていた。注文も殺到しているようでスタッフは琴実の他にもう1人居るし、カラオケの予約だってかなり入っている。忙しそうな琴実を横目にコーラを一口ずつ啜る俺だが、音琶と結羽歌は相変わらずアルコールを胃袋に流し込んでいた。

 そして、結羽歌の番が回ってくる頃には音琶はすっかり気分が高揚してしまい、俺に合の手を強要してきた、というわけだ。


「ほら! これが最後だよ! 次こそサビの5小節の直前で......」

「はいはい、わかったよ」


 音琶に言われるがままにされたが、別につまらないわけではない。その感情をもっと素直に現すことが出来たら、なんて何度思ったか。


「元気そうで良かった。なんか久しぶりよね」


 結羽歌が歌い終わり、音琶のターンになる。話し相手が居なくなった所で入ってくれる琴実は接客スキルが高いのかもしれないな。


「そうだな、ここに来るのも久しぶりだしな」

「無理してない? まさかあのまま続けるだなんて思ってなかったけど」

「ああ、その話だが......」


 音琶はまだ歌っている。自分の歌声とBGMで俺と琴実の会話は聞こえてないはずだ。いっそのこと話してしまっても......、

 そう思いかける寸前の所で止まる。琴実を信用していないわけではないが、重要だと思っていることは心の内に塞いでおくって決めたのだ。相手が誰であっても、口を滑らせてはいけない。


「まあ、上手いことやればいいって感じたんだよ」

「......」


 見え見えの嘘だったな。今の発言には説得力が一切感じられない。


「琴実の忠告はしっかり受け止めている。俺だって何も考えないで残っているわけではない」


 咄嗟に放った言い訳だったが、これは紛れもない本心だ。話の本筋が見えなくとも思っていることを言葉に出すことは意外と容易い。

 嘘を吐かずとも、核心に至らない話を告げる。いつの間にか俺の得意技になっていたな、いつから習得していたかも思い出せないが、こうして上手く生きていたと言っても過言ではない。


「全く、あんたはどうしてこうも頑固なのよ。音琶が歌い終わる頃にはこの話は終わりにしないといけないわね」


 だが、俺の得意技はあっけなくも簡単に見破られてしまったようだ。付き合いが長いと、こっちの思考パターンもあっさりと読まれてしまうのかもしれないな。



「無理だけはするんじゃないわよ。辞めた所で私も結羽歌もあんたのこと、責めたりはしないわよ」



 本気で心配している、そんな目だった。


「ま、私がそんなこと言っても大きなお世話でしかないけどね」

「......」


 別に、大きなお世話とは思わない。むしろこんな俺を、音琶以外の誰かが本気で心配してくれることが嬉しくもあった。

 こいつと同じバンドを組んでも悪い話じゃなかったかもしれないな。今はまだ出来ないことだが、いつか必ずって思っていた。

 サークルを辞めた後、俺はどこに向かえばいいのだろうか。何も考えてなかったが、先のことを見据えておかないと、何も始まらない。

 そもそも音楽を続けられるほど余裕があるのだろうか。一度辞めたものを今度こそ本当に辞めてしまったら......、本当の意味で楽になれるのかもしれない。


 音楽は俺を苦しめる、音楽に対して良い思い出は今までなかった。そして今の時間こそが俺の求めていた時間、そして日常なのだとしたら、音楽から今度こそ本当に離れるという選択肢だって、決して間違いではないもかもしれない。

 音琶と出会えたことは決して無駄ではない。そう言い切れるが、その出会いが俺に何を与えただろうか。


 歌い終わって感想を求めてくる音琶だったが、奴の笑顔を守るという使命は本当に与えられていたのだろうか。

 何気ない日常のはずなのに、後ろめたささえ感じられる時間が流れていった。

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