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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第4章 TECHNICAL SURVIVE
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ギタリスト、弾き方を考える

 湯川のギター、確かに上手いと思う。

 経験者だって言ってたし、弾き方や音の出し方に迷いが無い、簡単なフレーズと言っても魅せ方によって細かい音が変わっていくのだから、よく工夫が出来てると思う。

 鈴乃先輩や部長が釘付けになっているということは、この人達は彼を認めているんだろう。

 でも、私は納得がいかなかった。


 今、ここでギターを弾いている奴とバンドを組むことになった。

 しかもリードギター、組むことになった以上経験者なら経験者なりに、メンバー全員が一つの音楽を奏でられるようにしないといけない。

 それが出来るかは私とメンバー次第だから、納得いくような演奏に仕上げたい。


 湯川のギターは上手い、こんな簡単なフレーズを弾いてるのが勿体ないくらいだと思う。

 今よりももっと難しいフレーズをやっているところをバンドマンが見たら、他のパートの人たちから声がかかるだろう。

 少なくともこのサークルの人達の中では争奪戦に成りかねないかな。

 こいつも夏音と一緒で、与えられたフレーズが弾けていて、工夫が出来ている。


 でもそれで限界なのだ。

 私が聞いても上手い以外の感情が芽生えないし、プロを目指しているかもわからない大学生にそれ以上のものを求めることが傲慢なのは分かっている。

 今まで本当に心を動かされた音楽なんて5本の指で数えても足りないくらいだ、その中には過去の夏音が入ってるけど、今の夏音は入ってない。

 何年も前からギターを弾いてきたのにずっとバンドを組んだことがなかったのは、あの人以外に組みたい人が見つけられてなかったから。


 そんな理由、誰かに言っても共感されると思わないけど、それでも私は人の心を動かすバンドがしたい。


「終わりました」

「それじゃあ次は鳴香(めいか)、お前だ」


 湯川がギターを弾き終え、部長の合図で右隣に座っている女子の順番になった。


 私と大津さんを含め女子のギターは新入生で4人いる。

 その中で誰が経験者なのかは把握してないけど、今回の演奏でそれがわかる。

 彼女の名前は泉鳴香(いずみめいか)、自己紹介の時何を言ってたかは忘れたけど、ごく普通の女の子と言ったところだろうか。

 持ってるギターはFenderだけど、新品って感じがしないから先輩から借りたものなのかな?


 鳴香が弾き始めてから思ったことだけど、簡単なフレーズだからといって甘く見てはいけない。

 彼女が初心者だってのは数秒もしないうちにわかった。あの人から教えてもらったギターの感触と音がとても似ていて、部室に広がるぎこちない音色は私が弾き始めたばかりのことを思い出させられる。


 当時の私はこんな細い糸からあんな力強い音が出るものなのかと疑ったくらいだ。

 言われた通りに弾いても、最初は指が痛くなって断念する。それでも何度も繰り返し、同じフレーズを弾くことで痛みにも慣れ、音が完成する。


 彼女、泉鳴香の弾き方がまさにそれだった。

 懐かしい気持ちになりながらも聞いてて少し不安になる演奏。

 弾いている表情は痛みに耐えているように見えるし、いかにも初心者らしい弾き方だった。


「終わりました」


 何とか一通り弾き終え、安堵の表情を見せる鳴香。

 彼女も先輩達の事を恐れているのだろうか、きっと納得のいく演奏ができなくて弾いている間は不安になっていたのだろう。

 それでも途中で諦めずに最後まで弾けたことに安心したに違いない。


 その後も私の前に4人が弾いていったけど、経験者と思しき人は大津さんしか居なかった。

 大津さんはアコギだから他の人とは少し違うフレーズが用意されていたけど、弾き方がエレキと違うから難しいことに変わりはない。

 いつも寡黙で何を考えてるか分からないところがあるけど、流石経験者といったところで、お腹の底に響くような力強い音圧に襲われて綺麗な指遣いとのギャップに驚かされた。

 今回はギターのみの演奏だから歌ってはいなかったけど、早く歌も聴きたい。


 そして遂に私の番になり、この場の全員の視線が向けられる。

 今更だけど緊張するな、誰も必要事項以外は言葉を発さないし。


 夏音に出会うまで私のギターを本気で見てくれていたのはあの人だけだったから、どうも他の人に見られるのは慣れない。

 初心者の鳴香達はこのプレッシャーを耐え抜いたんだよね、私も負けられない。 


 一呼吸置いて、右手を弦に触れさせる。

 フレーズはもう頭の中にあるから楽譜を見ずにそのまま弾いていく。

 弦をピックで弾き(はじき)、頭で覚えたフレーズを形にする。ギターの事以外の全てをシャットアウトし、意識を集中させる。

 誰が見ていようが、どんな状況だろうが、私は私の演奏を貫き通す。それができて初めて私は私の理想のギターを創り上げることができている、そう思っている。


 簡単に出来てしまったけど、他の人が聴いてどう思うのかも重要である。

 自分の演奏に満足するのは、誰かに認められてからじゃないといけないと思うのだ。


 今まであの人に認められたことがなかった演奏だからこそ、あの人が居なくなってからは誰もが認めるギターを弾いていきたいと思うようになった。


 弾き終えてから、この場の1年生や先輩達がどう思ったかも気になる。

 一通り見ていくと、鈴乃先輩が何か珍しい物でも見たかのような表情をしていた。

 鈴乃先輩に見られるのは今回が初めてで、今まで部室でギターを弾いたのはほんの数回だけだったし、先輩達は私が経験者だってことを知っていてもどれくらいの実力かは完全に把握できていなかったんだろう。


「終わりました」


 終わりの合図を全員に促し、鈴乃先輩の指示を待つ。

 数秒ほどの沈黙と視線が私に集まっていた。


「おい、鈴乃。早く指示出せ」


 暫く固まったままの鈴乃先輩に部長が話しかけ、ようやく我に返った鈴乃先輩は指示を出す。


「お疲れ様でした。これで全員の現在の実力が把握できました。この後18時から全員で飲み会をします、今日のことを先輩と話す機会なので、自分の良かった所、悪かった所や先輩に指摘された所があったら今後に活かすようにして下さい。それと飲み会は私の家と部長の家でします、どっちでするかはくじで決めます、全員引き終わったらそれぞれで買い出しに行くのでついてきて下さい、以上です」


 また飲み会かぁ......、しかも今15時過ぎなのに18時からって......。

 買い出しに行けばそれくらいの時間にはなるんだろうけど。


 サークルに入ってから何度目の飲み会だろう、別に指摘なんて今ここで直接言ってくれてもいいのに、鈴乃先輩も流されて部長達から色々言われてるんだろうな、こうなることは何となく予想できていたけど......。


 鈴乃先輩が数字の書かれた大量の割り箸を持ち、私に向ける。

 仕方ないから真ん中にある1本を引くと、「1」と書かれていた。


「音琶は私の家だよ、よろしく」


 鈴乃先輩が微笑みかけながら言った。

 いくら先輩達に流されているとは言え、飲み会の場が鈴乃先輩の家でだいぶ安心した。

 あくまでそれは飲みの場が鈴乃先輩の部屋だったからであって、他のメンバーの事を考えると安心できるのも束の間だったんだけどね。 

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