11/11、忘れられない誕生日
カウンターからじゃ琴実ちゃんの音色は聞こえない。時間になるまではホールの清掃だったり機材のメンテナンスをするけど、予約の対応もしないといけないし、オーナーと次のライブの打ち合わせをすることもある。
空いている時間は決して暇じゃないし、常に何かしておかないといけない。
「驚いた?」
機材のチェックをしていた時、背後からオーナーに声を掛けられた。
「えっと、何にですか......?」
「それはもう、琴実のことに決まってるでしょ?」
「あ......、はい......」
確かにびっくりした。まさか突然バイト先に琴実ちゃんが訪れるなんて思ってもなかったし、ましてやこんな平日に......。
ベースが弾きたくなったってのもあると思うけど、スタジオ入り際に放たれた一言で琴実ちゃんの目的がわかってしまった。
「折角の誕生日だから休みにさせようと思ってたんだけどね。あのこが予約入れてきた時、『結羽歌はシフトじゃないの?』って言ってきたんだよ」
「琴実ちゃんが......?」
「ベース練習する環境がなかなか見つからないからって、まさかここのスタジオ選んでくれるなんてね。最初の練習は結羽歌がシフトの日に行きたいって言ってたからさ」
「......」
琴実ちゃんはサークルのこと、オーナーに話したのかな......。話してなくても、スタジオ借りてる時点で察せられるけど、詳しいことまでは......。
だけど、初めてここで練習する日が私のシフトの日だなんて、琴実ちゃんは本当に不器用......ううん、本当に優しいな......。
「しかも結羽歌の誕生日ともなると、私だってシフト入れざるを得ないでしょ?」
「そう......、ですね。えっと、その、ありがとう、ございます......」
「もう、そんなに恥ずかしがらないの。お客さんの前で見せちゃいけない顔の典型的な例だよ?」
「す、すみません......」
ハロウィンの時にプレゼント貰ったばかりなのに......、ちょっと貰いすぎじゃないかな私......。これはもう、ちゃんとした恩返ししないと......。
琴実ちゃんの誕生日は丁度2週間後の25日......、私には何が出来るかな。
・・・・・・・・・
「ありがとうございます。また予約しますね」
「こっちこそありがとね、うちは機材色々あるから、試したかったら言ってね」
「はい! ありがとうございます!」
22時になって、練習は終わる。一体どんな演奏が繰り広げられていたのか、それを知っているのは琴実ちゃんだけ。見れないのは残念だったけど、スタッフの私は仕事を熟さないといけないから、我慢しないとね。
「結羽歌も、ありがとね。今度はあんたが休みの日、ここで一緒に練習しない?」
「い、いいの? 私でよければ、一緒に、したい、かな」
「もう、そこは素直にしたいって言いなさいよ」
「う、うん......」
琴実ちゃんは歯を見せて笑いながらVサインを振りまいてくれた。こんな楽しそうな琴実ちゃんを見るのは久しぶりかな。
友達との約束って、こんな感じで積み重なっていくのかな......。そしたら、琴実ちゃんの誕生日には......。
「「ありがとうございました!」」
外まで琴実ちゃんを見送り、オーナーと2人で頭を下げる。
「良かったね、琴実嬉しそうだったよ」
「はい、最高の誕生日プレゼントでした」
2週間後、私がやらないといけないこと。それについてもオーナーに相談する。
「寒くなってきてるし、私達は残りの作業終わらせるよ」
「は、はいっ......!」
日に日にどんどん寒くなってきている。早く中に入って暖まらないと風邪引いちゃうかな。
「何か飲みたくなったら言ってね。冷えたでしょ?」
「あ......、はい。そしたら、お茶欲しいです......」
「おけ、ちょっと待ってて」
オーナーは飲み物を取りに奥まで行って、私は作業を再開する。使い終わったばかりのスタジオに入って、こっちでも機材のチェックと掃除をしないといけない。次使う人が気持ちよく演奏出来るように......。
それから数分して、オーナーが紙コップに入った暖かいお茶を持ってきてくれた。
「お疲れ様。今日はもう予約入ってないから、掃除終わったら上がっていいからね」
「あっ、はい......。わかりました」
お茶を受け取り、ゆっくりと啜る。冷えた身体に染み渡る感覚が気持ちいい、美味しい。
「私送れないけど、バスで大丈夫? 交通費は後で渡すから、早く片付けちゃいなよ」
「は、はい、ありがとうございます......」
一定の作業が終わると、少し早めに上がれることがある。その時はバスで帰ることになるけど、交通費も貰えるから、このバイトが学生に人気な理由がわかるかな。
少し急ぎ目に仕事を終えて、オーナーが良しと言ったら着替えてタイムカードを押す。
「お疲れ様でした、ありがとうございます......!」
「お疲れ様、気をつけて帰るんだよ」
軽くお辞儀をして、私はライブハウスを後にした。
今日みたいな日が、また訪れてくれたら、いいな。




