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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第28章
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散漫、複雑な事情

 調子が良いとは言えないし、気分が良いとも言えない。

 小指1本でも触れてしまえば奈落の底に落とされそうな立場だが、それはあくまでサークル内だけでの話だ。俺は何も間違えてないはずだし、決して孤独ではない。

 強がっていると思われるかもしれないし、誰もが認めることではないかもしれない。それでも、結局最後は誰を信じればいいか、そんなの自分自身以外の何物でもない。


「上手くやれてるね」


 MCに入った瞬間、音琶が小声で話しかけてきた。お前だって俺と同じ感情になっているんだから、上手くやれてないわけがない。


「当たり前のことしているだけだ」

「そこは素直に『上手くやれてる』って言う場面だよ?」

「別に、今はサークルの時間じゃねえし。大変な作業でもあいつらが居ないだけで気持ちが楽になれるんだよ」

「そっか、まだまだ頑張ろうね」

「言われなくても」


 MCの終わりは唐突だ。まだまだ言い終わらないだろうと気を抜いた瞬間リードギターが響き渡ることだってよくある。だから1秒たりとも聞き逃してはいけないのだが、こんな時にでも励ましの言葉を掛けてくるのだから、心配掛けさせてる証拠でしかないな。

 自分が頼りない人間だってことは認める。だが、音琶を不安な気持ちにさせていることは何が何でも認めたくない。


 ライブを見ることは嫌いじゃない。好きなバンドなら尚更、知らないバンドでも一度目にしたらどんな曲が人気なのかを積極的に調べたりもしていた。

 そうやって探していく内に自分の世界が拡がっていって、いつか自分も『魅せる側』になりたいと思っていた。


 その旅は今も続いている。一度は完全に諦めたはずだったが、ようやく見つけた仲間がいるから続けていられる。

 今、目の前のステージで爆音を鳴らしている奴らは、仲間も居場所も手にできたからこそ、照明以上に輝けるのだろう。

 まだモノクロの俺だが、いつかは並んで歩けるようになりたいし、何よりも音琶と共に旅を続けたい。


「叶わねえな、今はまだ」


 爆音で声は聞こえない。それでも、音琶から何かを感じ取ったような気配がしたから、目線だけ音琶に向けた。

 

「......!」


 音琶の瞳が輝いて見えたのは気のせいではない。今まで本当に辛い過去を抱えていたのかと疑ってしまうくらい、輝いていた瞳に思わず俺は目を奪われそうになっていた。

 まずいな、与えられた仕事に集中しないといけないのに、音琶の目で一瞬注意が散漫になっていた。今は何が大事なのかしっかり考えろよ俺、これから先俺が音琶の目を輝かせられるように頑張ればいいんだろうが。


 今は考えるな、まだライブは終わってねえんだよ、目の前のことが出来てない奴がこれから先上手くやっていけるわけないんだからな。


 ・・・・・・・・・


 自分で勝手に集中を切らして勝手に疲れる。そんな日だった。

 それでも何とか誤魔化せたみたいで......、


「滝上君、今日の照明良かったね。もうこれからは私が出る幕じゃないかな」

「いや別に、そもそも俺経験者ですし......」


 ライブ後の打ち上げ、今日は場所が確保出来なかったのか、ライブハウス内で行うことになった。ホールが広いのもあってか、物置や控え室にあるものを使って会場を作っていき、スタッフと演者で飲みの席が拡げられていた。

 小一時間ほど経ち、席替えで話し相手が入れ替わり、左隣の由芽先輩とライブ談義をすることになった。とは言え、ほとんど俺の照明の話になりそうだけども。


「またまた~。滝上君は自己評価が低い気もするよ?」

「別に低くなんてないですよ、自分に厳しいだけです。人にも厳しいですけど」

「そしたら、私の欠点とかも言えたりして」

「何言ってるんですか」


 少し酔いが廻っている......、というわけでもなさそうだが、入りたての頃に教えてもらってからこの先輩は少し変わっているということが窺える。

 バンドを組める環境が全くないにしても、特に不満を漏らすこともなく毎回楽しそうに作業をしている。何よりもこの打ち上げが楽しみなように見えなくもないが......。


「ま、音琶と上手くやりなよね」

「はあ......」


 どういう意図があってこんなことを言ったのか、確証を持つことはできないが、やはり先程の俺が注意力散漫だった所を見抜いていたのだろう。

 完全に集中出来ていないにも関わらず、良かったと思われる照明が出来ていた。


「取りあえず、今回の調子だと良くも悪くもなるって所かな」

「そうかもしれませんね」

「滝上君もいつか、ここでライブしたらどう? まだ音琶とは組めてないんだっけ?」

「まあそうですけど、そもそも俺......」


 サークルを辞めようと思っている。そう言おうとして気づき、言葉が止まる。


「......ん?」

「いえ、別に何でもないです」


 目を逸らしてしまい、間違いなく怪しまれた。遠くの席で演者の人と楽しそうに話している音琶が映ったが、即座に由芽先輩へ視線を戻す。


「......どうやら、あんまり触れない方がいいこと聞いたみたいだね」

「俺と音琶の話ですから、話しても分かってもらえないかもしれないので」

「君達も色々複雑なんだね」


 少々失礼なこと言ってしまったかもしれないが、あまりサークルの話題は出したくない。

 音琶を守る為にもたまには誤魔化しも必要だ、そのせいで誰かを敵に回してしまう可能性は秘めてるけどな。


「なんかすいません、色々複雑なんです」

「そっか、大変みたいだけど頑張って。貴重な戦力さん!」


 正直なことを思うと、この先輩少し苦手である。

 だけど、サークルの先輩よりは遥かに良い人だし、こっちの事情も察してくれるくらいには分かり合えている。


 ......俺もいつかは先輩になってしまう。尊敬されるような人になれる自信はない。

 そもそも前までは人の目なんてどうでもいいと思っていたくらいだし、まともな人間の姿に成れていなかったはずだ。

 周りから見た俺は、どんな姿をしていたのだろうか。今は気になって仕方が無い。

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