居場所、まだ与えられてる
結羽歌も出勤日だったようで、どうやら琴実の事情を知ることが出来るみたいだ。会うなりいきなりその話を振るのは失礼極まりないから、最初は本題とは全く異なる話題を考えなくては。
「あ、結羽歌お疲れ~。なんか久しぶりっぽい?」
「音琶ちゃん......、ちょっと久しぶり、かな」
わざわざ俺から声掛けるまでもなかったか。バスが来るまで数分位なのだから、その間は黙ったままの方がいいかもな。
「てかちょっとお疲れ気味?」
「あ......、うん。昨日遅くまで琴実ちゃんと飲んでたから......」
「なるほど......」
腕を組みながら目を閉じ、考え込む音琶。何をそんなに真剣になる必要があるんだよ。
「つまり、私達が部会に行っている間に、結羽歌は琴実と楽しいことしていた、と......」
「えっと、そうだね......。琴実ちゃんかなり酔っちゃったけど、楽しかった、かな」
「いいな~。私達なんてまた先輩達が面倒くさくてさ」
「そうだったんだ......」
羨ましそうに結羽歌の話を聞く音琶だったが、こいつ本当に自分の本当の感情押し殺しているんだよな? 本当はあの場所に居ることが限界に近いはずなのに。それとも俺の勝手な推測に過ぎないのだろうか。
でもまあ、俺の『逃げる』という言葉は否定しなかった。これからどうなってしまうか、音琶なりの覚悟が決まっているのならいいのだが。
「てか琴実、なんか言ってた?」
「なんか......?」
「うん、きっと色々抱えてたと思うから」
「あ、えっとね......」
何から話せばいいか悩んでいるのだろうか。それとも酔ってたからあまり覚えていないってこともあり得る。
一応耳は傾けているが、結羽歌の声色からしてそこまで悪い話ではないだろう。
「琴実ちゃん、2人のこと、すっごく信頼してるって......。あと、夏休みの時のこと、ちょっとだけ......」
夏休みの時、というのは『いつでも辞めてやる』って言った時のことだな。忘れるわけがない、あれがあいつの決心だったのだから。
にしてもいつの間にか俺まであのバカに信頼されていただなんてな。そんな信頼されるほどのことをした覚えはないのだが。
「そっか......」
音琶は納得したように胸を撫で下ろしていた。
「あと、時間あるときでいいから、4人で飲みたいかな......。場所は勿論、Gothicで......」
少し頬を赤らめて俯きながら飲みの誘いを申し出る結羽歌。その問いかけには勿論......、
「うん! 一緒に行こう!」
「......介護任せられたな」
まだ俺には、居場所がある。たまたまサークルは俺の居るべき環境じゃなかっただけの話なのだ。そう思ってしまえば少しは気が楽になる。
仲間の誘いに首を横に振れるわけがなかった。
・・・・・・・・・
これからステージに立つバンドは、どのような経験を重ねて今日に至っているのだろう。俺みたいに思い返すだけで腹の底が煮え立つような出来事に遭遇してきたのかもしれないし、何一つ不自由無い環境に恵まれていたかもしれない。
まあ、バンドマンは変わり者しかいないから、他の奴とは違った発想力や創造力で周りの空気を歪ませてはいただろうな。
それはともかく、俺もいつか、波に乗りながら身体を振りまくる奴らのようになれるだろうか。自分の性格含めて出来るかどうか以前の問題の気もするが、音琶が最初に見た俺の演奏がそれに近かったのかもしれないな。
「夏音、大丈夫? 集中出来そう?」
制服姿になった音琶が隣で今一度尋ねてくる。今は準備の時間だが、セトリ表を眺めながら照明の確認をしている。
まだ見ぬバンドマンの為に、間違いのないように整った舞台を揃えないといけないのだから、例え俺がどんな問題を抱えていたとしても、まずは切り替えないといけない。
「心配するな、もう充分に集中出来てる」
俺の言葉に音琶が何を感じたか。
そんなの顔を見ればすぐに分かる。
「よかった。私も集中出来てるから、一緒だね!」
ここに居れば、死んだ目を生かすことが出来るはずだ。
音楽に触れること、それが俺の人生そのもののはずだから......。




