事情、残る者と逃げた者
結構遅くまで飲んでいたけど、ちゃんと目覚まし通りには起きられている。サークル辞めてからは就寝時間が多少遅くなっても、目覚ましが鳴れば無意識に身体が布団から離れてくれるようになったのもあるかな。
やっぱり、あれだけ時間に縛られていたんだから、元の生活が恋しくなっていたんだな......。
「ん~、うるさいわよ......、あと5分......」
私に抱きつきながら寝言を言う琴実ちゃん。目覚ましの音は聞こえているみたいだから寝言にはならないかな......?
「琴美ちゃん、起きてる?」
「起きてないわよ、寝てるわよ......」
目は閉じているけど、目覚ましの音はおろか私の声もちゃんと届いているみたいだね。シャワー貸してあげるし、朝ご飯も作ってあげるから、頑張って起きようね。
「返事出来てるんだから、ちゃんと起きないとね」
「ん~」
琴実ちゃん、疲れている時はいつも朝弱かったよね......。高校の時も家まで行って起こしてあげていたっけ......。
大学生になった今だと、一人暮らしのおかげで何回もお泊まり出来ているけど、こんな日がいつまでも続いてくれたらいいなって思うんだ。
「ほら、布団から出ないとだめだよ」
「ふぁ~......」
布団を無理矢理引き剥がし、部屋の隅まで持っていったら諦めてくれたみたいで、琴実ちゃんは目を擦りながら起き上がってくれた。もう11月だし、布団がないと安心して眠れない季節だもんね。
「琴実ちゃんおはよ」
「結羽歌......、えっと私は......」
「昨日のこと、どこまで覚えているの?」
「いや、えっとその......。大部分が思い出せないんだけど、何か変な事してたら謝った方がいいかな、なんて......」
「へぇ......」
「ど、どうだったのかしら......」
「特に変な事にはなってないよ、だから安心して」
結構色々なことされたんだけど、当の琴実ちゃんは何も覚えてないんだ......。確かにあれだけ酔っていたら思い出せないのも仕方ないかもしれないかな。でも、ちょっと限度を超えていたよね......。
「な、何よその不適な笑み」
「ううん、何でもないよ」
「ならいいのだけれど......、本当に変なことしてなかったのよね......!?」
「うん、それに......」
「それに......?」
息を呑む琴実ちゃん。鏡を見ていないからわからないけど、不適な笑みなんか言っちゃって......。琴実ちゃんはちょっと大袈裟かな。
「知らない方が琴実ちゃんのためにもなるかなって、思って」
その直後、琴実ちゃんは全身から血の気が引いたような顔をしていた。そんなに私の顔、怖かったかな......? ちょっと傷ついたかも。
「そんなことより、私が朝ご飯作っている間にシャワー浴びてきたら、どうかな?」
「い、言われなくても、そうするつもりだったわよ......」
すっかり怯えてしまった琴実ちゃんだったけど、別に私は怒っているわけじゃないんだよ。素直になれていない私も、あんまり琴実ちゃんのこと言えないかな。
***
俺も音琶も今日はバイトだったっけ。
昨日は12月のライブの簡単な打ち合わせと係決めがあったわけだが、結局どの役職にも就くことはなかった。無論音琶もだ。
どれだけ頑張ってもサークルは変えられない。上の圧力が俺らの行動を妨げている以上何をやっても評価されないし、点数だって下げられる一方だ。
それならいっそのこと何もしないのが最善だろう。音琶のやり残したことを終わらせるまではここに居てやるけど、それ以外のことなんて正直どうでもいい。
でもまあ、サークルの掟に反することをしてしまえば一瞬で退部させられてしまう。そうならないためにも上手くバランスを取らないといけないのがまた億劫だな。
だんだん自分がわからなくなってきている。あと最低でも1ヶ月、本当に耐えられるのだろうか、あの地獄よりも過酷な環境に。
「夏音、また悩んでる」
「悩まざるを得ない状況なんだから仕方無いだろ」
「それは私も一緒だもん......」
悩んでいるのは音琶も一緒。昼飯を二人向かい合って食いんがら言葉を交わし合う。それも何気ない日常の一つだったはずなのに、俺の見ている景色はまるでモノクロのようで......。
「......すまんな、お前の願いだけは叶えてやりたいって思ってたのに」
俺と共に最高のバンドを組むこと、その願いまで犠牲にしてしまうというのに、どうしてこいつはそんなに明るく振る舞えるんだよ。学祭の時だって、最後まで守り抜いてやるって言ったばかりだというのに、俺はとんだ大嘘つきだな。
それなのにこいつはいつも......、
「大丈夫だよ」
何を根拠に言っているんだって話だ。一体どこからそんな自信が湧いてくるのだか。
「サークルは変えられないけど、それでも私達に希望はまだ残っている。だからこんな中途半端な所で挫けちゃダメ」
「......」
「それに、今日だってバイトあるんだよ。元気な所をみんなに見せようよ」
元気な所見せるのはスタッフの役目とは違う気もするが......、音琶の言っていることを否定するつもりはないな。
バイト中に死んだ目をしてたって、客共は俺の抱えている事情を一切知らない。『サークルで嫌なことがあったから死んだ目をしています、だから許してください』なんて言ったところで怒りを買うのがオチだ。
辛いのは百も承知だ。何もかも全て投げ出してしまいたいと思ってしまうくらい卑屈にはなっている。だけど、それで大切な人を失うくらいなら、あるかも分からない無謀な希望に目を向けてみるのも、一つの手かもしれないな。
一度夢を捨てた俺の前に音琶が現れてくれた時のように、人生何が起こるか分からないのだから。
音琶が居なかったら、どうなっていたか。
きっと今頃、部屋に籠もったまま外にも出ず、同じような一日をずっと繰り返していただろうな。




