決意、頑張り終えたら
高島琴実がサークルを辞めた。
認めたくないが、これが現実だ。
授業が終わって間もなく、奴から届いた長文のLINE。そのほとんどが、俺と音琶に対する忠告だった。だが、さっきの音琶の様子からして琴実は俺にしか送ってないのだろう。
全く、どういった意図があって俺に送ってきたのだか。結羽歌は特に何も気に留めていない感じだったし。
「何をどうしろって言うんだよこれ......」
音琶がシャワーを浴びている隙に琴実からの長文LINEを読み返す。何行あるんだよこれ、いくらLINEの文字数制限が1万字だからといって書きすぎだ。所々誤字脱字だってあるし、焦っていたにしても行空けてくれたっていいだろう。
「ってか音琶には部会の時まで隠してくれって......。どういうことだよ」
琴実が送ってきたことが本当なら、俺や音琶が目指していることが全て水の泡になる。茉弓先輩に脅されたって書いてあるけど、その時に俺と音琶の話題も出てきたってことか。
確かにあいつは学祭の時に誰かに言葉を贈っていた。その誰かが結羽歌だってことは聞かなくても分かったし、正直先輩が居る前であんなことは言わない方が良かったのかも知れない。
だが、あの時の琴実は追い詰められていたし、唯一事情を知っているであろう結羽歌が何とかしないといけない状況だったのは確かだ。何よりも、大切な人からの伝言を大切に出来ないわけがない。
恐らく琴実は学祭の時のことを全て吐き出してしまったのだろう。あのMCの意味だとか、自分に置かれていた状況とか、俺も音琶も知らないことを色々と......。
そして、何よりも、次期部長が茉弓先輩になる、ということを聞かされてしまった琴実は、副部長への勧誘を断ったという。
まあ、確かにあんな奴を支えるような役職は俺だって御免だ。いくらサークルを変えていこうと努力したところで、上の権力が働いてしまっては副部長になれたとしても意味が無い。
琴実は最善の選択をしただけだ。別にあいつのことを責めるつもりはない。夏休みに言っていたことをそのまま行動に移しただけの話だからな。
だが、取り残された奴らはこれからどうなる? 全員が全員、俺の味方をしてくれると思わないし、何しろ結羽歌も琴実も居ないとなると、俺はこれから音琶と行動する他ないのでは。
さっきの光の声色といい、このサークルにとって俺という存在は目の上のたんこぶと言っても良い。別に悪いことしているわけではないというのに、奴らにとっての歪んだ正しさが全てをおかしくさせている。
歪んだ正しさを本当の正しさに変えようとしているだけのことなのに、その何が悪いことなのかって話だ。
「俺も、辞めたら楽になるのかね」
音琶が側に居ないからこそ呟ける言葉。音琶が居なかったら、とうの昔にサークルを辞めていたのは間違いではないし、むしろここまでやっていけたことに驚きを隠せない。
俺は、本当の楽しさというものを手にできているのだろうか。目指していたものが砕け散った今、俺がするべきことは何なのだろうか。
話の通じない奴らと分かり合おうとする姿勢を向けることはストレス以外の何物でも無い。だったら、潔く逃げてしまえばいいのだろうか。
逃げた後のことも色々考えておかないといけないが、まずは目の前のことが最優先だった。
「はぁ......」
溜息をつき、幸せを一つ逃がす。逃げることは時と場合によっては正しいことだと思うが、それはあくまで個人の問題だ。ここは一度、隣に居てくれる奴のことをしっかり考えてから決断した方が良さそうだな。
風呂場から出てきた音琶を呼び止め、意を決して思っていたことをそのまま言う。
「もし俺が、サークル辞めたら、お前はどう思う?」
俺らしくもない問いかけだった。それくらい追い詰められているって状況を知ってしまった以上、どうすることもできない。
部室で寝てしまったのも、身体を動かすことが億劫になっていたから。このままだと音琶までどこかに行ってしまうのではないかという不安もあった。
そんな音琶の返答は......、
「突然、どうしたの......?」
表情が曇るのは想定内だったが、音琶の寂しそうな顔は俺にとって毒だな。ただでさえ冷や汗が止まらないというのに。
「琴実からは、何も聞いてないんだな」
「琴実が......? 聞いてないよ」
「そうか、だったら少し長くなる」
あまり話したくなかったが、どうせ明日の部会でわかることだ。琴実には申し訳ないが、一足先に音琶に真実を話すとするぞ。
・・・・・・・・・
ありのまま、嘘もなく、琴実からのLINEに書かれていたこと全てを音琶に話す。途中で口を割ったりせず、音琶は頷きながら俺の話を聞いてくれた。
「......そっか。私達、もう......」
琴実が居なくなってしまうことと努力が無意味だったことへのショックは大きくないわけがない。それでも、何故か納得したような表情をしている。てっきり騒ぐか泣くかのどっちかはされると思っていたのだがな。
「お前は、どうしたい」
「それ、決断下せてない夏音が聞くの?」
「音琶の意見も知りたい」
「もう、相変わらずなんだから」
何で微笑んだり出来るんだよ、お前の願いが叶えられなくなるかもしれないっていうのに。どうしてここまで優しくなれるんだよ......。
「私の意見はね......」
この少女は、俺の斜め上を越えることを常に考えている。初めて会った時から今までずっとだ。
そして今回も、俺には考えもつかないことを言ってくるのだろう。
「もうちょっとだけ、ほんのもうちょっとだけ、頑張ってもいいかなって思ってるよ」
......全く、お前は自分の身体と精神を自分で虐めようってか。俺だったらとっくに頑張ることを辞めていたぞ。
「無責任なこと言ってるってのは分かってる。だけどね、私にはまだあの場所でやらなきゃいけないことが残ってるんだ」
「......」
「ここで逃げちゃったら、何も知らないままだから......。それだけは、嫌かな」
やらなければいけないこと。それが何なのかは俺にも分からない。12月25日に言おうとしていることと関係があるのかもしれないし、また別のことかもしれない。
だが、音琶にとって重要なことであるのに間違いはないだろう。
「......それは、俺がいないとダメなのか?」
「夏音が居なかったら、私もとっくに辞めちゃってたかな。夏音が居てくれたから、知らないことを知ろうと思い続けることが出来てるんだよ」
結局思っていることは同じか......。
だったら、俺もこれからはサークルの為でなく、音琶の為だけにあの場所に居てやるとするか。
「......逃げる時は2人一緒に、だからな」
「うん!」
もうあのサークルに長くは居れないだろう。だが、まだやり残したことがあるのなら、それをやり遂げるまでは頑張らないといけない。
頑張り終えたら、潔くあの忌々しい場所を離れるとするか。




