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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第28章
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決固、奇跡なんて起きないから

 11月5日


「お邪魔しま~す」

「いらっしゃい。てかあんたが私の部屋来るの、いつ振りだったかしらね」


 久しぶりに結羽歌を部屋に入れる。4日前にベース演奏を見たいって言ったからなのだけど、一体どれくらいの実力になっているのかしらね。

 暫く見ていない内に、私を遥かに超えるくらい上手くなっていたら......、


「うーん、あんまり覚えてないかな。私もバイトとかで忙しかったから......」

「そ、そうなのね。勉強だって、しなきゃいけないし!」


 それにしても、このこ週に何回シフト入れているのかしらね。サークル辞めてから増やしたみたいだけど、何か欲しいものでもあるのかしらね。


「そういう琴実ちゃんは、勉強大丈夫? サークルの方も」

「え、えっと......。そ、そうね! 勿論大丈夫よ! 結羽歌が大丈夫なことは私も大抵大丈夫だから!」

「......」


 結羽歌から、今一番抱えていることについて問われて思わずテンパってしまう。即答出来なかったし、曖昧な返事になってしまったから、大丈夫じゃないことはしっかり伝わってしまったわね......。


「そっか......! 大丈夫なら良かった」


 それだけ言ったら結羽歌はケースを肩から外し、お馴染みのPhotoGenicのベースを取り出す。準備が整ったら演奏が始まり、柔らかい指捌きと共に重低音が奏でられる。流石にアンプを通して(そもそも持ってないけど)音を出すことは出来なかったけど、それでも充分に分かるくらい綺麗な音が私を包んでいた。


「ど、どうかな......?」


 一通り弾き終えて、感想を求めてくる。だけど、私は何て言えばいいのか......。

 率直に言うと、見違えるほどに上手くなっていた。もう私の演奏とは天と地の差が開いていて、あれだけ粋って結羽歌に勝負を挑んでいたことが恥ずかしいくらいだった。

 確かに私は、入部したばかりの頃は時間があればあるだけ部室に行って練習していた。だけど、あの一件以来部室に行く頻度が減ってしまって、決してベースが嫌になったわけではないけど、毎日欠かさずしていたはずの練習が続かなくなってしまっていた。

 私がそんな状態になっている間も、結羽歌は毎日欠かさず練習していたのね......。私の事情を理解してもらいたいだなんて思わないけど、どこか寂しい気持ちにさせられたし、何よりも好きなことを諦めてしまいそうになっている自分が情けない。


「上手いわよ......」

「えっ......?」

「私なんかよりも、ずっと結羽歌の方が上手いのよ」


 サークルを辞めてからも、私と和解するまでの間も、どんな辛い出来事がこのこを襲っても、決してこの楽器を手放さなかったのね......。

 それなのに、私はまだサークルに残れてるっていうのに、首の皮を繋げることに精一杯になっていて......、


「琴実ちゃん......?」


 心配そうに私を見つめる結羽歌。今の結羽歌が私の演奏を見れば、その原因は分かるわよ。学祭の時は何とか上手くやってのけた自信はあるけど、それ以降は下降を続けるばかりで、モチベーションだって保ててない。

 私より結羽歌が上手いのは、決められた運命だったのね......。


「ねえ、結羽歌」


 消え入りそうな声で結羽歌に尋ねる。もう、どこにも私が自分を保てる場所なんて......。


「うん、どうしたの?」


 俯いた私に、しゃがみ込みながら結羽歌は優しい声を掛けてくれる。もう、何かを察しているようにしか見えなかった。



「結羽歌はさ、もし私がサークル辞めるって言ったら、どう思う?」



 茉弓先輩に脅され、真実を告げられた日から、ずっと考えていた。どうせ変えられないのなら、辞めてしまった方が楽なのではないか、って。

 でも、誰にも相談出来なくて、結羽歌には戻ってくるように、あんな大勢の前で言ってしまった。何も知らない音琶と夏音は、きっと今もサークルを変えるための手段を探しているはずよ。


「えっと......、何があったかだけ、教えてもらえない、かな......?」


 唐突な告白に驚いて、目を丸くしている。そりゃそうよね、学祭の時と全然違う言葉が放たれているのだから、余程のことが無い限り納得しないわよね。


「そう、よね。全部、話すから、最後まで聞いてもらえるかしら......?」

「うん、勿論、聞くよ」


 もう全て、洗いざらい話してしまおう、抱えたままだと、どうにかなってしまいそうだから。


 ・・・・・・・・・


 私が何を話しても、結羽歌は否定なんかしないで頷いてくれた。時にはお互い声が枯れそうになっていたけど、都合の良いように話を変えたりせず、頑張って全部話した。


「これが、全部よ。全部本当のことよ」

「そんな......」


 結羽歌が驚くのは想定内だった。でも、この後私に何て言ってくるのかは想像も付かない。責めてくるのか、それとも励ましてくれるのか、そんなの結羽歌の心理に入らない限り......。


「なんか、琴実ちゃんらしくないかな」


 そうよね、何かを途中で諦めるなんて、私らしくないわね。ここまで折れやすい人間だと思いたくなかったけど、強がることって思った以上に疲れるのよ。


「『変えられるのなら変えたいし、それが出来なかったらいつだって辞めてやる』って言ってたの、どこの誰だったか覚えてる?」

「そ、それは......」


 海での帰り、結羽歌達に告げた言葉......。勿論覚えているわよ。覚えているけど......、


「琴実ちゃんは、誰かに相談するほど、諦めの悪い人じゃなかったはずだよ」

「......」

「自分で決めた事はちゃんと最後までやり遂げる性格だってこと、私は知ってるんだよ」

「それは、今までそうだっただけで、あんた達のこと考えると、裏切れないって思うようになったのよ」

「琴実ちゃんの考えていることは、裏切りなんかじゃないよ。どうにもならないことだって、あるよ......」


 諦めることが、悪いことじゃないってのは、わかっているはずだった。どうにもならないことを頑張るくらいなら、自分にとって最善の道を探せばいい。

 分かり合えないのなら、分かり合えるまで頑張らなくたっていい。分かり合える人のことを大切に出来れば、それで充分幸せなのだから......。


「それに、琴実ちゃんがサークル辞めても、私達の絆が途切れたりなんか、しないよ」

「結羽歌......」

「だって、私もサークル辞めたけど、琴実ちゃん達と話せなくなったことなんて、あったかな?」

「......!」

「これからどうするのかは、私が決めることじゃないから、私が言えるのはここまでだけど、琴実ちゃんは、どうしたいのかな?」


 最後に決めるのは自分自身、自分にとって最善の道の選択の瞬間、どうにもならないことからは逃げたって良い、そもそも私はいつだって辞めてやる覚悟は出来ていたはずよ......。


「私は......!」


 ずっと悩んでいたけど、ようやく覚悟が決まったようね。

 大丈夫よ。きっと、私が送りたかった生活は、いつか必ず訪れるはずだから。

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