憂苦、どうにもならない
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土曜の夜、ハロウィンが終わっても尚賑わう繁華街の中、いつものバイト先には結羽歌が来てくれていた。
「今日はバイト無いのね」
「うん、私の出番は、明日だから......」
「私が居るからわざわざ休んだとか?」
「そっ......、それは......!」
全く、そんなに私に会いたかったのね。これはもう、忙しいのとかも関係無く誕生日当日祝ってあげないといけなさそうね。1ヶ月後のライブなんて、頑張ればどうとでも.....、なるはずよ、きっと。
「まあいいわ、ゆっくりしてきなさい」
「う、うん......! そしたら、ウーロンハイ飲みたいな」
週末の疲れを癒やしに来たって言ってもいいわね。きっと授業の方だって忙しいに違いないんだから、お酒だって飲みたくなるものよ。
注文通りにウーロンハイの入ったグラスを結羽歌に差し出す。両手でグラスを受け取った結羽歌は、そのまま一口飲んで私に話しかけてきた。
「ライブ、あるんだよね?」
「え? あるわよ。誰かから聞いたの?」
「ううん、掟がまだ家に残ってるから、年間行事予定の所、見たんだ。琴実ちゃん達のこと、心配だから......」
「そう、気に掛けてくれてるのね」
「勿論だよ。だって、早く戻りたいから......」
「......」
早く戻りたい。結羽歌はそう言っている。
だけど、その願いが叶うことはない。学祭の後に、茉弓先輩に呼び出されて、告げられた真実。
本当のことを教えたら、結羽歌はどんな顔をするのか想像が出来ない。泣き虫だけど頑固で芯の強い結羽歌のことだから簡単に諦めないかもしれないし、あっさりと現実を受け入れるかもしれない。
だけど、初心者なのにわざわざ自分の意思でベースを買って、私と一緒に頑張って上手くなりたいって言っていた人が、その真実に納得するとは思えない。
音琶と夏音は幹部にはなれない、最悪強制退部させられる可能性だってある。私も先輩達の言いなりになるのが嫌だから、茉弓先輩の話に頷くことが出来なかった。よって私も2人と同じ立場、一度辞めた部員が戻ってくるなんて以ての外、4人が目指している先が現実のものになるなんて有り得ない話......。
そんなこと、簡単に言えるわけないじゃない。期待に胸を膨らませている人には、特に。
先輩の脅しなんて正直どうでもいいわよ、いちいち怯えていたって何も始まらない。それなのに、あんな奴らの言いなりにならないといけない環境になっていることが気に入らないのよ。
「琴実ちゃん......?」
何も知らない結羽歌は、キョトンとしながら私に問いかける。本当に、何も知らないわけ、ないわね。元気がなかったらすぐに察してくれるのよ、このこは。
「今度時間あったら、結羽歌のベース見てもいいかしらね?」
「えっ?」
咄嗟に出た言葉だった。やっぱり私には本当のことを伝える勇気がなかった。長い間一緒に居た結羽歌だからこそ、尚更言えなかった。
「あんたの演奏、暫く見てなかったから、不意に見てみたいって思ったのよ」
「そ、そっか。これでも練習はちゃんとしているから、琴実ちゃん驚かせることになるかも......」
「何言ってるのよ、下手なあんたは見たくないわよ。どれくらい上手くなってるかこの目で確かめないといけないんだから!」
必死だった。結羽歌に怪しまれないように必死で平静を装っていた。
どんな悩みも結羽歌になら相談出来るって思っていたのに、今の最悪の状況は一人で抱える他ない。
でも、一人で抱え続けた先には一体何が見えるのかしらね。ずっと待ち続けている結羽歌だけど、タイムリミットはいつか必ず訪れる。
あれ......、私、これからどうしたらいいのかしら......。
黙ったままだと結羽歌は何も知らないまま待ち続けることになる。話してしまうとサークルに戻ることを諦めてもらうことになる。
残された道はこの二択しかないというのに、どっちも結羽歌が望んでいたものではない。
どうしようもないのに、どうしようもないことを大切な人に伝えるのがこんなに難しいだなんて、思ってもいなかったわよ......。
ハロウィンの時だって、何も知らない結羽歌の隣に居ることが辛くて辛くて仕方無かったんだから......!
それでも本当の気持ちを抑えないといけなくて、楽しそうに街を廻る大事な友達の笑顔に満足してしまう自分が情けなかった。
今だって、お客さんのためにやらないといけないことが山ほどあるから、抱えていることを忘れておかないといけないのが辛かった。




