新月、拭えない不安
11月1日
新しい月が始まった。
昨日告知されたライブまで1ヶ月あるにしても、余裕なんて一切感じられない。新たにバンドを組むことになるのかどうなのかは分からないが、勉強だってバイトだって何一つ諦めることは出来ないのだ。
こんなことでいいのだろうか。音琶との約束だって果たさないといけないのだし、やらなければいけないことは山ほどある。学祭での演奏をもう一度思い出せればそれなりに上手くやれるのかもしれないが、直後の出来事のせいで上手く感覚を取り戻すことが出来なくなっていた。
そんなこんなでバイト前、いつものように音琶と昼飯を共にしているのだが......、
「疲れてるの?」
「は......?」
ハロウィンで少々金を遣ったから昼飯も少し粗末なものになっている。とは言っても、鳴フェスの時ほどではないから卵かけご飯やもやしと言ったメニューではない。
寒くなってきているから申し訳程度の野菜を入れた温うどんを2人で頬張っていた。あまり同じようなものばかりにならないように気をつけないとな。
「だって夏音、ハロウィン終わってからちょっと落ち込んでる。やっぱり、サークルが原因?」
「......そうかもな、これからまた色々大変になりそうだし」
「なんか、夏音らしくないな」
「何がだよ」
「いつもだったら、『音琶が居てくれるから大丈夫』みたいなこと言ってくる癖に」
「......」
そんなお前は平気なのかよ、って言いたくなったが、そんなこと言ったら学祭の時の自分の言葉を否定しているように感じられたからやめた。
サークルに対する苛立ちを感じてしまい、少々不安定になっていたのかもしれない。自分を見失う前に自分の言葉にケジメを付けないといけないのだから、少しくらい無理しないと得られるモノは何もないだろう。
「私も、夏音が居てくれるから頑張れるんだよ。大変なのは私も一緒、もうちょっと我慢すれば、きっとサークルは良い方向に変えれるはずなんだから!」
「......そうだったな」
考えていることは俺と同じ......に決まっているよな。何を今更って話だし、ちゃんとした目的があってここまでやってきたのだから。
「早く食べないと冷めちゃうよ! あとバイトにも遅れちゃうよ!」
全く、まだ充分に時間あるというのにせっかちな奴だ。そんなに急いでたら舌火傷するぞ。
自分の中の余裕がいつまで続くのか。そもそも人間の体力や精神には必ず限界がある。
永遠に持続出来るのなら問題無いのだが正直な所、今の俺はいつどのタイミングで折れてもおかしくなかった。
学祭が終わってから毎日、胸騒ぎが止まらないのだ。
・・・・・・・・・
ライブハウスでのバイト、ライブハウスのルール、ライブハウスのシステム......。
考えるだけで数え切れない。そもそもサークルとライブハウスは違うのだから、何でもかんでも同じにする必要なんてない。
ましてやサークル活動なんて学生生活のおまけのようなものでしかないはずなのに、どうしてあそこまで時間と金に追い回されなければならないのか。
授業の課題、何が残されていたのか上手く思い出せない。必修科目ならあいつらに聞けば問題無いが、選択科目は1人で受けているものだってあるのだから、ちゃんと思い出さないと意味が無い。
一体この7ヶ月、俺は何を頑張っていたのだろう。努力はしているが、結果に結びついたことが今まであっただろうか。
考えるだけで頭が痛くなるし、肩が一気に重くなっていた。
「滝上......くん?」
「......はっ!」
名前を呼ばれて我に返る。考え事をする癖が前より酷くなった気がするし、まるで周囲の声も聞こえなくなっていた。
今の俺が新たに音琶とバンドを組んだとしても、理想の形にはならないと断言出来てしまうな。
「大丈夫? だいぶ自分の世界に入ってたみたいだけど」
「あ......いやまあ、大丈夫じゃないですか?」
最初の出番の時に色々教えてくれた由芽先輩に心配された。準備中だったから良かったものの、ライブ中に瞑想していたら大惨事になっていたかもしれないな。
「その返答は大丈夫じゃない人がするんだよ」
「はあ......、すみません」
「体調悪かったらオーナーに伝えておくけど?」
「大丈夫です、なんとかやってみせます」
「ふーん、心配だけど大丈夫って言うんならちゃんとやってね」
「はい......」
まずいな......。人はちょっとした出来事や環境の変化で大きく変わってしまう生き物だ。そんな生き物として生まれてしまった以上、死なない程度に上手くやっていかないといけないのに、立ち止まったまま動くことが出来ていない。
そもそも今俺がしていることが、これから先本当に良い方向に進んでいくのだろうか、進んでいる道の先に待ち受けているものが、本当に望んでいたものなのだろうか。
自分の意思は強いはずだった。だけど、音琶と出会ってからは誰かを信じようとするあまり、自分を見失いそうになることも多くなっていた。




