ハロウィン、観覧車の中で
ゆっくりだが、上へ上へと動いている。すっかり暗くなった空に不釣り合いなくらい、明るく輝く街灯が眩しい。
観覧車なんて乗ったことなかったのに、どうしてか懐かしい気持ちになっていた。まだ半年しか付き合いのない街だし、やかましい環境は嫌いのはずだった。それなのに、住み慣れてしまった街がみるみる小さくなっていくのが不思議で仕方が無い。
「おお~っ!」
音琶も俺と同じく、この不思議な乗り物に乗るのが初めてなのだろう。おおよそ想像は付いていたが、両手と額を窓にくっつけながら小さくなっていく街並みに釘付けになっているのだから、初めて体験することに感銘を受けているに違いない。
俺からしたら街並みなんて正直どうでもいい......とまではいかないが、音琶が楽しそうにしているだけで満たされていた。
「楽しいか?」
どんな返答が来るかなんて、わざわざ確かめなくても分かっている。それでも音琶のことを見ているだけじゃ物足りなくて、分かっていることでも質問してしまう。
「ん、楽しいに決まってんじゃん! それに観覧車って面白いね!」
だが、最後の返答には少し予想外だった。楽しいと言ってくれるのは、聞かずとも分かっていることだった。だけど、こいつはたまに俺の予想を上回ることを言ってくれる。
「面白い......とは」
「だってだって、あんなに大きかった建物が、あんなに小さく見えちゃうんだよ。それにここは私と夏音の2人だけの空間なんだもん。てっぺんまで来たらなんか、一瞬だけど私達がこの世界で一番偉い人! みたいな気持ちになれると思わない?」
面白いのは、音琶の方だったのかもしれないな。さっきのしりとりだってそうだし。
「本当にお前は、面白いこと言うよな」
「面白いって何? まさか馬鹿にしてるの?」
「そんなわけねえだろ、褒めてんだよ」
「その仏頂面で言われても説得力がないな~」
「そりゃどうも」
だけど、てっぺんまで来たらこの世で一番偉い人になった気分がするなんて、なかなかの発想力をお持ちである。
だったら、俺もその偉い人とやらの特権を音琶に与えてやってもいいよな?
「てかさっきから何ソワソワしてるの? トイレ行きたくなっちゃった?」
「そんなんじゃねえよ馬鹿」
落ち着きがないのは認めるが、決してそんな理由ではない。観覧車に乗るって決めた時から、やろうと思っていたことがあったのだから。
もうすぐ一番高い場所に辿り着く。ただ座っているだけでこんな高い所に行けるのだから、音琶がこんなに満足するのも納得しかいかない。
だが、俺はこの乗り物以上に音琶を満足させることが出来る。俺はそのために、この2人だけの空間に座っている。
「目、閉じろ」
頂上まであと数秒、そのタイミングをしっかり狙っていた。
「え、えっ? なんで、だってもうてっぺんは目の前なのに!?」
「いいから、黙って目閉じろ」
「う、うん......」
頂上から見る景色なんかよりも、ずっと音琶にとってかけがえのないモノを作ってやる。だから、無理矢理でも音琶には目を閉じてもらう。そして......、
頂上に辿り着き、隣り合って座っていた俺らは、目を閉じ合いながら口づけを交わした。
甘い香りが2人だけの空間に漂う。柔らかい感触が全身を包む。街を包む光よりもずっと輝いていて、まるでこの世界で一番偉い人にでもなれたかのような気持ちにさせられて......、
「な、夏音......からこんなことしてくれるなんて、ね」
「何言ってんだ、俺はいつもお前だけには積極的だからな」
「そんなこと、わかってるけど......、でもなんか、すごいドキドキした......」
「だったら、良かったよ」
本当に良かった。ほんの一瞬だけ、世界で一番偉くなった俺と音琶が果たした特権。それは、2人が幸せを感じられる2人だけの世界だった。
「......観覧車の中で、私達は何してるんだろうね」
「一瞬だけ世界で一番偉くなったんだろ?」
俺がそう言うと、音琶の顔が一瞬にして真っ赤に染まり......、
「や、やっぱりさっきのは無し! 今になってなんか......、恥ずかしくなってきた......」
「何を今更、言ってしまったことを取り消すなんて出来ないんだからな」
「じゃ、じゃあせめて忘れて!」
「そんなの無理だ、音琶が可愛すぎて忘れられない」
「むう~~~!!」
目元には涙を浮かべ、紅潮した頬は大きく膨らんでいる。からかえばからかうほど可愛さが増大する音琶だったが、そんな奴の隣に居れることが幸せ以外の何物でもなかった。
やがて頂上を過ぎたゴンドラは、あっという間に元の場所に戻ってしまった。降りて外に出る頃の音琶はすっかり機嫌を元に戻していて、騒がしいハロウィンはもう少し続く。
まだ、罰ゲームだって残っているんだしな。




