学校、隣には知ってる奴
先程のやりとりのせいで時間が取られ、急ぎ気味でガイダンスを受けるべく大学に向かうことにした。大事な説明会に遅刻するなんて以ての外である。
200haともなれば移動にも時間がかかるしな。
教室に着くと、既にこれから同じガイダンスを受けようとしている奴らが席についていた。
高校と違って番号順を気にすることもなく、座りたい席に座ることができる。あの頃は後ろの席を狙ってはそれに歓喜したり嘆いたりしている奴がいたものだ。
「......」
当然周りは知らない奴しかいないので、人気の少ない席を探してそこに腰掛けた。
まだ授業すら始まっていないというのに、早くもお友達という名の自己満足と時間を共にする連中が目に写るが、どうしてこうも俗に言う陽キャってやつらは人を集めるのが好きなのだろう。
どうしたらそんな器用な芸当が出来るのか、俺には全く理解ができない。
考えるだけでストレスだから学生便覧を机の上に出し、ガイダンスが始まるまでスマホを触って暇を潰そうとしたその時、
「お前ここに座ってたのか、探したぞ」
聞き覚えのあるご機嫌な声が俺に向けられていた。自然と溜息が漏れそうになる。
「隣失礼しまーす」
昨日俺に話しかけてきた日高奏だった。
関わらないようにしようと思ったが奴から話しかけてきやがったか......。
「昨日は突然帰られたけどお前とは同じクラスだからさ、色々聞かせてくれよ」
「何をだよ」
「部室に居た女の子になんか話しかけられてたけどさ、あの子誰? めちゃくちゃ可愛かったじゃん?」
「知らねえ」
「いや、知らないってことないだろ。お前のこと探してたみたいだし」
「本当に知らねえんだよ、まあ簡単に言うとだな......」
俺は日高に音琶との関係を説明した、非現実的すぎて理解してもらえるような話ではないけどな。
「なるほど、確かに謎が多いけどきっとあの子は本気だと思うぞ」
どうやら俺の話を信じているようだ。
適当に言ってるのかどうなのかはわからないが日高は続ける。
「少なくともお前のドラムに関係する何かがあるってことだろ、普通だったら全く知らない人の演奏を見ただけでバンド組みたいなんて思わないよな?」
「何かあるってのはなんとなくわかるけど、単に俺をからかってるだけとも取れる」
「ほぼ初対面の奴にからかうだけで済ませられるかね。まあ安心しろ、あの子と組んで悪いことは無いと思うぞ」
「はあ......」
昨日も思ったことだがこの日高奏という男は凄まじい奴である。
いきなり初対面の相手にここまで深い話ができるという時点で、こいつは俺のことを友人だと思っているのだろうか。昨日の段階ではまだ俺以外の人と話してないって言ってたが。
まあここまで会話が上手いってことは、高校時代はさぞ楽しい学校生活を送っていたのだろうな。どうせ陽キャの部類だろうし。
やがて開始の時間となり、初老の男性教師が入って来たところで今の話は中断になった。
・・・・・・・・
今日一日の用事が終わり、自由時間となった。
日高がいなければすぐに部屋に戻ってもらった資料を読み返していたんだろうけどそう事は上手く進まない。
「そういえばまだLINE交換してなかったな、ほれ」
そう言って日高はスマホを差し出した。
俺はしぶしぶスマホをズボンの左ポケットから取り出し、LINEを起動させる。
「これで大学は2人目」
2人目は俺も同じだが、こいつは誰と交換したのだろうか。
「なあ、もう1人は誰なんだよ」
「昨日の子だよ、上川音琶......、さん?」
あの女、すぐに登録したがるな、いやちょっと待て、昨日あいつが日高と話している場面は無かったはずだ。
「いつ交換した?」
どうしてそんなどうでも良いことを聞いているだろうと自分でも疑問に思ったが、それでも日高は丁寧に答えてくれる。
「あの子がお前を追いかけた後戻ってきたんだよ、それで」
「あいつ何か言ってなかったか?」
やっぱり気になって聞いてしまう。
「いや、特に何も」
「ならいい」
「別に大したことじゃ無いぞー、あまり気にすんなよ」
こいつは多分、俺が思っているよりもずっと変なことを考えているのだろう、深く聞いたところでまともな回答が出るとは思えなかったのでこれ以上は干渉しないことにした。
陽キャはすぐに変な妄想を肥大させてく鬱陶しい生き物だってことくらい理解している。
こいつもその一種であり、似たような雑種に何度苦しめられたか数えるのも億劫になってきた。
「それじゃ俺は帰るからな」
そう言って大学を後にしようとしたのだが......、
「いや待てよ」
帰ろうとした俺に日高が引き留めてきた。
「結局昨日中途半端なところで終わったからさ、もう一回部室見てこよーぜ。授業始まるまでは勧誘期間だとか何だとかだし」
......こいつにはバンド辞めたってこと言ってなかったな。
昨日は誘われるがままに部室に行ったから、俺が入る気満々でいると思っているのだろう。
上川音琶の登場で事態がややこしくなっているが、何としてでも本当のことを言わなくてはならない。
「いや、ちょっと......」
「いいから行くぞ!」
結局、断れないまま再びあの場に足を踏み入れることとなってしまった。