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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第27章
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崖っぷち、それでも諦めない

 +++


 長いようで短かったのか、短いようで長かったのか、自分でもよくわからなかった学祭が終わった。打ち上げから帰ってシャワー浴びたら倒れるように眠ってしまった。


 ようやく目が醒めたけど、外が薄暗いから思ったより早起きできたのかしら? なんて思いながら起き上がる。

 時計を見たら5時半前後ってところね。あれだけ夜更かししといてこんな時間に起きれる私は生活習慣がしっかりしている証拠ってことね!


「流石私、行動力あるだけのことはあるわね!」


 なんだかんだやり切れた学祭なんだから、ちょっとどころか大袈裟すぎるくらい自分に自信持ってもいいわよほんとに。今日くらいは久しぶりに自分で朝ご飯作ろうかしらね。



 ......なんて思ったのも一瞬のことよ、気合い入れてエプロンまで装備して冷蔵庫の中漁っていたまでは良かった。だけど、カーテンを開けた瞬間映ったのは、街灯に包まれた見慣れた風景だった。


「あ......あれ?」


 元々人通りが多い道ではないけどちらほら歩いている人がいるし、第一朝方の時間に電気が付いてる家がこんなにあるのも変よね......。

 恐る恐る時計を見直す。もうすぐ6時になろうとしているけど、それは朝の6時ではなくて、夜の6時ってことだったのよね......?


「あ......、あはは......」


 あれだけ自信満々になっていた自分が恥ずかしくて仕方がない。いくら学祭の振り替えで学校がないからって寝過ぎよ......。


「......もういいわよ、何か食べに行こうかしらね」


 自炊する気力もすっかり失せたけど簡単なメイクくらいはしておいて、厚手のコートを羽織ったらちょっと美味しい所でも行こうかしら? それとも結羽歌に学祭のお礼として2人で焼き肉でも......。


「なんてね、きっと結羽歌は今日バイトよ。昨日一昨日来てたんだから、3連休全部休むなんて思えないし!」


 まだ決まったわけでもないのに、自分の中で勝手に解釈して誘うのを諦めた。昨日LINEでお礼の返信はしたけど、口頭では言えてないからいつか言わないといけないわね。

 そう思っていたのだけど......、


 戸井茉弓:起きたらでいいから、部室に来てもらっていい?


 結羽歌にLINEする前に、まずやらないといけないことがあったみたいね。


 ・・・・・・・・・


 お腹空いてるけど、無視したら後が怖いから仕方無く先に部室に向かうことにした。


「遅ーい、どれだけ待ってたと思ってんのー?」


 扉を開けた瞬間、ベースを抱えながら抑揚のない声で茉弓先輩が声を掛けてくる。そりゃ確かにあんな時間まで寝ていた私にも責任あるかもしれないけど、寝ながら返事なんて出来るわけないし......、何時から待っていたのかは知らないけど、そこまでして私に何の用があるって言うのよ!


「す、すみません......」

「学祭疲れて寝坊しちゃったんだね~。私もすっごい疲れてたけど、なんとか2時には起きれたんだよ~。まさか琴実、ついさっき起きたばっかりとかだったりする?」

「それは......」

「そっか図星か~。嘘吐かなかっただけ評価に値するね~」

「なんのことですか......?」


 ミステリアスな人なのはとっくの前に知っていたけど、わざわざ私一人だけを呼び出して何か意味深なことを言い出すってことは、茉弓先輩にとっては大事な用があるってことよね? だとしたら一体何よ......。



「琴実さー、昨日のMC、誰に対して言ってたの?」



 突然声のトーンが下がって、思わず私の背筋が凍り付く。


「ねえ、あれ、誰のこと言ってたの? なんか琴実にとってすっごく大事にしている人、みたいな感じだったけど」

「えっと、それは......。私の大事な人だってことに変わりはないですけど、なんでそんなことわざわざ先輩に......?」

「後輩のことを知って何か悪いことでもあるのかな? それとも、琴実のアレは、私に知られたら困るような話なの?」

「くっ......!」

「ねえ、答えてよ。そもそも困るようなことだったら、あんな大舞台で、みんなが見ている所で、あんなこと言わないはずだよね?」


 話せるわけがない。先輩達は辞めた部員のことを最初から居なかったことにしているんだし、突然結羽歌の名前を出したらどんな反応されるかも予想できない。

 私の過去だって、そう簡単に誰かに話せるようなことじゃないし、何考えているかわからない人に教えたらどうなってしまうか......。


「右腕に何か書かれていたみたいだけど、琴実が自分で書いたってわけじゃないよね~。ただの応援メッセージってわけでもなさそうだし」

「......」

「それにさ、『戻ってくるのよ』なんて言ってたけど、それってどういう意味? 誰が、どこに戻ってくるってこと言ってたのかな? ねえ?」


 黙ってたら、ダメよ。約束を守るって決めたんだから、結羽歌を守るためなら、何だってしたいんだから......!

 こんな奴に嘘なんて吐く必要はない。全部本当のことを言って、それが正しいことなんだって分からせてあげないといけないのよ!



「私の、大切な友達が、サークルを辞めた友達が、もう一度ここに戻ってくるように言いました」



 言っちゃった......。でも、後悔はしていないわよ。

 もしかしたら、茉弓先輩が部長に報告して、無理矢理退部させられるかもしれない。音琶達からサークル事情は聞いてるし、あいつらが鈴乃先輩達と手を組んでいた時からの話は全部知っているのよ。


「へえ......、そんなこと考えてたんだ」


 茉弓先輩の眼から光が消えていた。相当怒らせたわね......。


「そんなことが出来るとでも思ってるの?」

「......はい」

「そっか~」


 ベースをスタンドに置き、ゆっくりと近づく茉弓先輩。私、何されるんだろう......。


「1回だけチャンスあげる」


 あれ......。もっと酷いこと言われると思ったのに、どうしてそんなこと......?


「正直あなたはまだ希望があるのよね。もう夏音とか音琶は手遅れだけど」

「手遅れって......」

「まだ辛うじてサークルには残れているけど、次何かやらかしたら即退部ってこと」

「そんな......」

「部長には黙ってあげるから、今の話、誰にも言わないって約束できる~? 出来ないわけないよねー、琴実って、あの2人と仲良いからー。仲良い2人が退部の危機だなんて言えるわけないもんね。もし本当のこと言ったら、あの2人何か行動起こすしさー」


 私がバラせば、音琶と夏音は何か対策を取ろうとするから、黙っていた方が私のためにもサークルのためにもなるって言ってるのかしら?

 あの2人はそこまで弱い人間じゃないわよ。


「来年度の幹部候補、部長が私は確実なんだよ~。ま、副部長だから当たり前だけどね。副部長なのに部長になれない奴なんて、ただの無能でしかないもんね~」


 鈴乃先輩のことを言っているってことくらい、私でもすぐに分かった。だとしたら、副部長の候補は誰なのかしらね。


「それで、今の時点での副部長候補は、鳴香と、淳詩と、光と、武流と......、そしてあんた。まあ、夏音と音琶以外って言った方が良かったかもね。あんな奴らに幹部なんか任せたら何されるかわかんないんだから、出来損ないは雑用さえやってればいいのよ」

「私が......、副部長......?」

「そうそう、いい話だと思わない? 一つのサークルで2番目の地位に就けるんだよ~。魅力的な話だよね~」

「......」


 確かに、副部長にもなれば、今よりもずっと広い世界を見ることになるかもしれない。だけど、こんな腐ったサークルでそんな地位に立ったところで、何かを変えることが出来るのかしらね。

 ましてやこんな先輩が部長で、一緒に幹部の仕事をこれから熟していくことの何が魅力的なのかが理解できない。


「......思いません」


 嘘は吐けなかった。ここで本当のことを言わなかったら、あいつらに顔向けできないから......。


「......そう、そしたら、あんたは」


 茉弓先輩は未だに低い声で、ゆっくりと口を動かして......、


「あいつらと一緒だね~。琴実に幹部なんか一瞬でも任せようと考えた私が馬鹿だったよ~。でも安心して、幹部候補に外れただけで、退部にはさせないから」


 最後に満面の笑みで言葉を返して、そのまま部室を出て行ってしまった。


「......」


 力が抜ける。頭の中が真っ白になりそうだったけど、何とか意識を繫いで自分の行動、発言を思い出す。

 いくら結羽歌のことが大事で、茉弓先輩に腹が立っているからって、冷静さを失って本音をぶつけてしまうなんて、そんなことしてしまったら結羽歌は......、音琶と夏音もどうなるのよ......?

 話したら楽になるのかしら......? どうしたらいいのよ......。


 でも、こんな所で折れたら本当の意味で結羽歌と会えなくなる気がして、学祭のMCだって何の意味も成さなくなってしまう。

 まだ、きっとまだ何か方法があるはずよ。勿論1人で抱えることになるけど、こんなの自業自得なんだし、退部させられたってわけでもない。


 だったら、ここに残されているチャンスを生かすしかないわよ。

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