不安と決意、守り抜いてやると決めたから
会場に戻らず、音琶を慰めるべくしてずっと同じ場所で二人並んでいる。まるで人格が変わってしまったかのように音琶は黙りこくったままだし、俺も音琶になんて声を掛けてあげればいいのかわからないでいた。
そうしていく内に1バンド、2バンドとともに終わっていって、俺の果たすべくPAの仕事も勝手に流されていった。いや、元々俺はPA係ではないから、俺や音琶が居なくてもライブが続いているってことは淳詩が上手くやってくれているってことでいいんだろうな。
結局俺が居なくても問題無いってことじゃねえかよ、これからはもうサポート入らなくていいだろうな? 助けを求めるLINEも入ってねえし。
「......」
このまま時間が過ぎるのを待った方がいいのだろうか。静かな環境は嫌いではないし、騒がしい場所よりもずっと居心地がいいと前までは思っていた。
だけど、音琶がすぐ近くに居る状況で会話が成り立たないのはどうも落ち着かない。何か言わないと俺までどうにかなってしまいそうだ。
「なあ......」
一応返答が来るかどうかを確かめるために声を掛ける。期待通りにならなくたっていい、音琶が何か言ってくれるだけで俺は安心するのだから。
「......」
ダメか......。
さっきの奴らが音琶に与えたダメージは相当なものだったようだ。いや、推測じゃなくて確定事項だな。
そもそも音琶の過去をほとんど知らなかった俺からしたら衝撃的な事実だった。俺の知っていることと言えば、俺と初めて会った時に何が起こっていたか、ということくらいだし。
さっきの話が事実ならば音琶は鳴成市出身ということに間違いはないな。どこの高校に通っていたかは分からないけども、その高校で酷いいじめに遭い、まともに学校に行けなくなって中退、その後どうやってこの大学に入ったのかは知らないが、ある程度の可能性は絞れる。
だが何故、音琶は何も話そうとしない......? たかがそんなことで俺が音琶のことを嫌いになるとでも思うか? 音琶がどんな過去を抱えていたとしても俺には関係無い、それは音琶自身が俺に言ってくれた言葉だからな。
まあ、身体が弱くて運動も出来なかった奴が、あそこまで激しくギターを掻き鳴らすことが出来るということに疑問を持たなくはないが、自分の身体を犠牲にしてでも築き上げたいモノがあるって言うのなら納得いかないこともない。
いや、音琶の人生なのだから、音琶のやりたいことを否定する権利なんて俺には無い。
ライブよりも音琶の方がずっと心配だ、音琶を一人にして会場に戻るなんて無責任なことは出来なかった。
・・・・・・・・・
何度か人が会場に入ったり出たりするのを見てきたが、これが何バンド目なのかまでは数えてない。もう少しで終わってしまうのだろうか、俺と音琶の出番はとっくに終わっているけども、立ち上がって観客としてライブに戻る気力すら失せていた。
このままライブが終わるまで待って、最低限自分の機材くらいは回収して、その後は......、
「あ......! やっと見つけたわよ!」
誰だよ......、まだライブは終わってねえだろ、今が誰の出番なのかは知らねえけど、人捜しするくらいならもっと自分の時間をだな......。
「ちょっとあんた達......、こんな所でいちゃついてないで、早く戻るわよ」
琴実か......?
いつもの高飛車な口調で俺と音琶を誘導しようとしているのか......。
まあ、お前もよく分からん奴に付きまとわれていたからな、特に何か力になれたわけでもないけど。
「って何!? 何で喋らないのよ......。何かあったの......?」
お前はよくいつも通りの口調で会話出来るよな、昨日あんなことがあったというのに。確かに琴実にとっての大切な人とやらがお前のこと励ましたからといっても、たった1日で今まで通りの心持ちで居られるわけがないだろ。
「あんたら、このまま片付けの時間まで来なかったら、反省文書かされることになるわよ......! 先輩達に怪しまれる前に、早く戻りなさいよっ......!」
無理矢理腕を引っ張って説得する琴実だったが、お前だってあんなMCしたんだから先輩達が黙ってないだろうよ、他人よりも自分の心配しろよ。
「黙ったままだと伝わらないわよ! ほら、事情は後でいくらでも聞くから、早く戻るわよっ......! ほんとに融通利かないんだからっ......!」
それはお前にも言えることだろ、自分勝手にも程があるだろ。
「......うるせえな」
余計なお世話だよ本当に、だけど......。
「なっ......!」
「今から行こうと思ってたところなんだよ、音琶が体調崩してたからついてやってただけだ」
「......そう、悪かったわね」
「手放せよ」
「あ......、そうね。でもさっきの反省文、あれは本当の話だから、早くしないとまずいのは変わらないわよ」
「......わかってる」
敢えてきつい言葉を放ってやったというのに、琴実は立ち止まったまま俺らが歩きだそうとするのを待っていた。
「ほら......、音琶、立てるか?」
座り尽くしたまま呆然としている音琶だったが、俺が手を差し伸べると顔を上げて僅かに微笑んでくれた。そして......、
「うん......」
ゆっくりだったけども、よろけてはいたけども、それでも音琶は俺についていこうとしてくれた。
「ちょっと......、本当に大丈夫なの!? なんか体調不良って次元じゃないわよねこれ......」
音琶の様子がおかしいことに真っ先に気づいてくれる琴実だったが、今ここで全て話してしまったら音琶の精神が持たないだろう。ここは一旦落ち着いて......、
「琴実......、すまないけど今は気にしないでほしい」
「気にしないでって......、どう考えても変よ」
「いいから、事情は終わった後に話せたら話す」
「そう......。でも、無理はするんじゃないわよ」
「......わかってる」
似たような境遇に遭ったことのある奴だからこそ察しが良くて、中身まで理解してくれる。非常に有難いことだが、果たして話せば楽になれるのだろうか。
音琶が抱えていた過去......。それは恐らく、俺が抱えていたものよりも遥かに重くて、自分自身が捻くれていたことが情けなくなるくらいのものではないだろうか。
父親がバンドマンで会える時間が少ない、高校を中退、身体が弱い、きっと他にも色々あるだろう。
果たして俺はそんな一人の少女を守り切ることが出来るだろうか。これからも、知らないことをどんどん知っていくことになるだろう。そのたびに俺は平常心を保つことが出来るだろうか。
そんな不安、一瞬でも感じてしまった自分をぶん殴ってやりたい。
心に決めたことは例えどんな壁が立ちはだかっても諦めないって決めたんだからよ。




