音琶の人生、誰かの好きにはさせない
冷静にならないといけない。
高校時代、音琶がどんな人生を歩んできたのか、それがなぜこんな形で今と繋がってしまったのか。
だが、今俺がするべきことは音琶の過去を探ることではない。確かに想像も付かないものではあったが、俺はこいつらからではなく音琶から直接聞くべきだと思っている。
だから、早いとこ音琶をこの忌々しい奴らから解放させないといけない。
「お前なんかよりも音琶の方がよっぽど苦しんでいるとしか思えないな」
「はあ!? あんたは浪人してないからそんな無責任なこと言えるのかもしれないけど、毎日勉強漬けで遊んでいる暇なんてないくらい大変なのよ? よくもまあそんなこと......」
「遊ぶ暇無いとか良く言ったもんだな、だったら今すぐお家に帰ってお勉強した方がいいんじゃないのか? 今こうして下らない論争をしているくらいならな」
「別に休む暇が全く無いとは言ってないよね? 勉強にも息抜きが必要だってこと、あんたでもわかるでしょ?」
「ああ、俺も受験期間は割と息抜きしていたからな」
「ならわかるね?」
そもそもこいつらの本当の目的って本当に何なんだよ、『音琶を陥れるため』でいいのか? こういった思考を持っている人の気持ちは一切理解出来ないから困る。
てかどれだけ暇なんだよ、今更だが浪人ってのはただの口実だったりするんじゃないのか?
「少なくともお前よりは効率良くて自己満足に過ぎないことしてたからな。俺はお前みたいに誰かを貶めることしか出来ないような頭の悪い人間とは違うんだよ」
喋っているだけのはずなのに疲れるな、早くこいつら帰んねえかな。
「うるさい......、少なくとも上川音琶よりは格上の人間よ私は! あんたとは比較対象にもならないし、第一私はちゃんと高校は卒業してるんだよね。卒業すらしないで家に引きこもってただけの奴が、そんな社会不適合者が、よくもまあ堂々と大学に行けるもんだって話」
融通の利かない人間とはどこまで愚かなものなのだろうか。
苛々が止まらない、他人なんてどうでもいいと思っていたはずなのに、大切な人を馬鹿にするような奴が許せなくて仕方がない。
音琶がどんな方法を使ってここまで来たのかは知らないが、高校を中退した後に相当な努力をした、ということになるのではないだろうか?
「あとさ、さっきから話しかけてあげてるってのに、どうしてこいつは黙ったままなのよ!」
リーダー格の女が音琶に突っかかってきやがった。両手で音琶の上着の襟を掴みながら怒りを露わにしている。
「ねえ......、あんた何? まともに会話も出来なくて、保健室しか居場所がなくて、クラスの色んな奴らに迷惑掛けて、不登校になったことを私達のせいにして、挙げ句の果て私達から逃げて学校辞めたような意気地無しが、鳴大に受かって、彼氏まで出来て、バンド組んでる? 何様のつもり?」
「くっ......!」
「何か文句あんの......?」
ちっ......、今すぐこいつの顔面に拳一発かましてやれば逃げてくれる可能性はあるものの、暴力沙汰になったら元も子もない。
取りあえず音琶から離れてもらうように奴の肩を掴んで......、
「大......丈夫......だから......」
いや何がだよ。こんなに苦しそうなのに大丈夫なわけ......。
「へえ......、あんた少しは発言出来るようになったみたいだね。でも、そんなんで私があんたの見る目変わるとでも思った?」
引き離してやらないといけないのに、音琶の言葉が俺を惑わせていた。
「別に......、あなたに......、認めてもらいたいなんて、思わない......」
音琶が精一杯の力を振り絞って少しずつ言葉を発している。俺が何かしようとすると、音琶が『何もするな』と言わんばかりに視線を送っている。
本当に、それでいいのか......?
「私は......、私のやりたいこと、やってるだけだから......、あなたには関係ない話......」
「っ......!」
音琶が言う度に怒りを露わにしていく女どもだったが、次の瞬間音琶は奴の手を振りほどき、そのまま突き飛ばして俺の胸に飛び込んでいった。
「何、こいつ......」
身体を震わせ、何も言わずに音琶は蹲る。誰が見ているとかそんなのどうでも良くなって、ただ奴の頭を撫でてやることしか頭に無かった。
「ちょっと......、話まだ終わってないんだけど、何いちゃついてんのよ、キモっ......」
ああそうかい、キモいだのなんだの言いたければ好きなだけ言えばいいだろ、俺はお前らの相手してあげるよりも傷ついた彼女を守ることの方が優先事項なんだよ。
「そんなの知った事かよ、第一お前さっきの音琶の話聞いてなかったのかよ」
「何が......」
「音琶は音琶のやりたいことをここまでやってきたんだよ。音琶が今も昔もこれからも何をしようがお前らには関係ないんだよ」
「......」
「俺はそんな音琶の人生を預けるって決めたんだよ。だからこれ以上お前らの好きにはさせねえよ」
我ながら気持ち悪いな。だけど必死なんだよ、それくらい音琶が好きで堪らないんだよ。
引きたきゃ好きなだけ引けばいい。別にお前らが俺をどう見ようがどうだっていい話なのだから。
「なんか冷めた」
冷え切った声を突き刺してくる女の声なんてどうでもいい。そんな薄汚い声で折れるほど俺は弱くない。
「久しぶりに見かけたから、高校の時みたいに楽しもうと思ってたのに、私は何見せられてるんだろうね」
音琶にとっての不利益がお前らの利益だって言うのか、どこまで人を苛つかせるのが得意なのだろうか。
「ねえ、行こっか。ここまで上川音琶って女が落ちるとこまで落ちてるとは思わなかったし」
「そ、そうだね......」
「気ぃ取り直して、何か美味しいもの食べにいこ?」
急に静かになったと思いきや勝手に呆れて勝手に出て行ったか......。結局あいつらは何がしたかったんだよ、理解出来ん。
「......はぁ」
疲れた。真っ先に浮かんだ感情がそれだった。
取りあえず未だに俺から離れようとしない音琶をベンチに座らせるか。
「.........」
「.........」
まだライブは続いている。人の移動もないし、今頃琴実達は精一杯の演奏を繰り広げているのだろう。
それなのに、俺も音琶もさっきの場所に戻る気力を失っていた。今はただ、音琶の側に寄り添ってあげることしか考えてない。
落ち着いたら、まず何からすればいいんだろうな。




