学祭、世界で一番の存在
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スタート直前に琴実ちゃんを呼び出したから、前の方には行けなくなっちゃった......。小さい身体を上手く使って人の間をすり抜けようと考えたけど、その直後にライブが始まっちゃったから諦めて最後尾で見ることにした。
知らない人に『通してくれませんか?』って言うのもなんか抵抗あるし......、相手からしたら大したことないのかもしれないけど、どうも私はその勇気を持ち合わせていなかった。
千弦ちゃんにも遭遇したけど、夏音君と音琶ちゃんの出番になると私を置いてさっさと前の方行っちゃったし......。
「琴実ちゃん......」
琴実ちゃんの出番になって、意識してなくても緊張が走った。さっき励ましの意を込めて腕に精一杯のメッセージを書いたけど、琴実ちゃんの力になっていることを願うしかない。
まるで右腕を目立たせるかのようにベースを弾いている琴実ちゃんだけど、遠いからはっきりとは見えない。気のせいかもしれないけど、腕の文字が少し薄くなっているような......。それくらい汗掻いてるのかな......?
「頑張れ......」
周りのお客さん達は腕を振ったり手を叩いたりしているけど、私は立ち尽くしたまま琴実ちゃんの演奏に釘付けだった。観客側の立場だとしても私はサークルに無関係の人間じゃない、大事な友達だって堂々と胸を張って言えるんだから!
そんな中最初の曲が終わり、琴実ちゃんのベースもそうだけど、音琶ちゃんのリードに力が入っていたことを今になって気づく私だった。
琴実ちゃんのことで夢中になるのも仕方ないことかもしれないけど、大事な友達は一人だけじゃないんだから、音琶ちゃんのこともしっかり見ておかないと、ここに来た意味が無い。
だって、いつかまたバンド組めるんだから......。
「へえ......。琴実、元気そうじゃん」
杏兵先輩がMCをしている時だった。私の横で昨日も聞いた声が隣からしたのは......。
「......っ!」
思わず声のする方向を見上げ、拳を握る力が強くなる。
今まで誰かに怒りを露わにしたことはなかった。そんな勇気が無かったから......。だけど、琴実ちゃんが傷つく姿を見ると胸の奥が締め付けられて、高校時代に何も出来なかった自分にも嫌気が差して、自分から動かないとって気持ちになっちゃうんだ......。
誰かが解決してくれるのを待つよりも、まずは私から......、琴実ちゃんを本当の意味で守るのは私の役目だから......。
「おいおい、どうしたんだよそんな怖い顔して。そんなにお友達が盗られるのが嫌なのかい?」
「そうじゃない......、そうじゃないけど......、どうしてここにいるの......?」
身長差が見た感じ30cm近くあるから、物凄く大きな敵に立ち向かうみたいで怖い。足が震えている。
だけど、ここで私が言わなかったら、また琴実ちゃんに辛い想いをさせることになるかもしれない。ライブが終わったあと、きっとこの男は琴実ちゃんに会いに行って昨日の続きをするに違いない。
だったら、そうなる前に私が何とかして止めなきゃ......! 怖いけど、きっと琴実ちゃんの方がずっと怖いと思う。ステージに立っている今だって、この男が見ているんじゃないかって不安になっているはず......。
「どうしてって......、そりゃ好きな女のライブ演奏を見に来たからに決まってるじゃん。それとも何? あのギターの子が目当てとでも思ったの?」
「そんなこと、思ってない」
「じゃあこっちから聞くけど、どうして結羽歌は俺にそんな質問してきたの?」
「それは......」
それは、何だろう......。ただこの男が目障りで、琴実ちゃんへの嫌がらせを辞めてもらうため......? それとも、この人の考えていることが単純に理解出来なかったから......?
「全く、何も考えてなかったのかよ」
「違う......」
「でも答えられなかったよね?」
顔が近い。まるで遠慮も知らない感じで、私のことも''そういう''対象として見ているみたいな感じ......なのかな? 琴実ちゃんだけじゃなくて、それなりに気に入った人なら誰でもいいって感じ? だから浮気するのかな?
「......」
気づけば次の曲が始まっていて、会話も出来ないくらいの爆音が響き渡る。これじゃ言い返すことが出来ない、多分次のMCまで......。
それよりもこのバンドあと何曲あるんだろう......、もし終わったらこの男は人波かぎ分けて琴実ちゃんの所に行こうとするかもしれない、あんまりのんびりしてられないよね......。
早くどうにかしないと......、でもどうすれば......、何て言えば納得してもらえるんだろう......。
焦っている間にも2曲目が終わっちゃう......! 琴実ちゃんと音琶ちゃんの演奏がどんな感じなのか意識する余裕もなくて、ただひたすら言葉を探している。
そんな時......、ステージから琴実ちゃんの声が聞こえてきて......、
「今日のライブ、私にとって大事で大事で手放すことの出来ない人に送るわよ!」
右腕を高く上げながらMCを始める琴実ちゃんの姿が遠くから見えていた。それはまるで私にとっての希望の光のようで、琴実ちゃんにとって大事で大事で手放すことの出来ない人が誰のことなのか、私には一瞬でわかっちゃった。
「あれ、琴実のやつ、もしかして心変わりしてくれたのかな?」
「......あなたのことじゃないから」
そう言って私は奴の足を思い切り蹴ってやった。非力な私の足じゃこの男にダメージなんて食らわせられないと思うけど、こんな人と私を一緒にされるのは死んでも嫌だった。
琴実ちゃん、こんな大勢の前で私のために......。
図々しいかもしれないけど、琴実ちゃんからしたら今の私はこの沢山の人達の中で......。ううん、世界で一番の存在なんだ......。
嬉しい、嬉しいよ......。だから私も、琴実ちゃんに負けたくない......、一緒に並ぶんじゃなくて、越えていかないといけないんだ......!




