学祭、熱くて止まらない
時間になったらまず最初に曲が始まるから、琴実のMCが入るとしたら曲の合間になる。一応簡単なチューニングしている間に杏兵先輩と軽く話し合っていたから、どのタイミングで言うのかは決まった感じかな。
一応私もコーラスあるから、喋ろうと思えば出来なくはないけど、琴実の出番を奪うのも申し訳ないからMCの時間は弦の調整しておこっと。
「始めるぞ」
ステージから後ろを向き、杏兵先輩が小さく合図を出す。全員の準備が整ったから暗転のサインをPAと照明に出し、やがて周りが暗闇に包まれた。
次の瞬間、榴次先輩のスティックの軽い音が4回響き、上手く合わせて私も弦を掻き鳴らし始めた。ドラム、リード、ベースが同じタイミングで始まるから一度チラッと琴実の方を見ると、腕の文字をわざと見せつけるかのように指を動かす彼女の姿が見えた。
よし、それなら私も、大切な人があっとするような演奏をしないとね! 腕に文字は書かれてないけど、さっき見せつけられた夏音の演奏、忘れてないんだから。だから私が嫉妬したように、私も夏音を嫉妬させてやるんだからね!
・・・・・・・・・
まだ1曲目の途中なのに額から汗が浮き出て止まらない。熱い、もうすぐ11月になるのに、熱くてたまらない。
私の中のやる気とか熱が、今まで感じたことのないくらい沸き上がってきて、下降することを知ろうとしない。このまま大気圏まで越えてしまうんじゃないかってくらい上昇を続け、止まらない。
夏音と同じステージで奏でているわけじゃないのに、こんなにも楽しくて仕方がない。制御不能な私の身体と心は夏音にどう見えているんだろう、さっきあんな姿を私に魅せたんだから、夏音も私と同じ気持ちになっているかな? なっていたらいいな。
「はぁ......、はぁ......」
何とか1曲目を終え、エフェクターを踏んで音を完全にミュートさせる。始まったばかりのはずなのに息が切れているから何とかして心臓の鼓動を抑えようと呼吸を整える。
大きく息を吸い、吸った分大きく吐き出す。吐き出す瞬間マイクに音が入っちゃいそうになったから慌てて口元を抑えてゆっくりと吐き、今度はゆっくりと少しだけ吸って吐く。こうすれば大丈夫、次の曲も、その後の出番も体力は持つはず......。
それにしても、琴実のMCはまだみたいで今は杏兵先輩が喋り続けている。今日の学祭の話とか、どこの屋台に行ったとか、お祭りに欠かせない在り来たりな言葉を観客に向かって投げかけている。
そんな先輩の額にも僅かに汗が滲んでいて、1曲目でそれなりの体力を使っていることが窺えた。でも、琴実の方がもっと凄かった。あんまり飛ばしすぎたら腕の文字が消えちゃうんじゃないかな、大丈夫かな?
そんな誰かの心配をしている間に再び照明が暗くなり、次の曲が始まる段階にまで来てしまった。急いでエフェクター揃えとかないと遅れちゃう!
何とか手順通りに調整を終え(その間僅か2秒)、ギターボーカルのソロから入る2曲目が始まった。私が入るのはイントロからだからそこまで焦ることなかったかもしれないけど、変な音が入ったらみんなに申し訳ない。
落ち着きを取り戻した私も気を取り直してリードを奏でていく。幾度か琴実に視線を送ると、向こうもこっちに気づいてアイコンタクトを取ってくれた。調子が良いみたいで、音もよく聞こえるからこっちも合わせやすい。昨日の出来事からすっかり切り替えられたみたいで、私も安心して激しく演奏が出来ることを嬉しく思っていた。
視線を観客側に戻し、さっきよりも少しだけ気持ちを抑えて上手く息を整えながら身体を振り回していく。こんなに大きく身体を動かせるなんて思ってなかったから、ちょっと油断していた。
いくら調子良いからって、気持ちを強くし過ぎたらまたこの前みたいに......。
とにかく、あんまり激しく動きすぎるとシールドが抜けちゃうかもしれないから、注意しないとってことだよ! この前っていうのは、結羽歌がうっかりしちゃった時のことだよ。ほら、まだ入部したばっかりの頃の......。
だけど、ちょっと気合い入れ過ぎちゃったかもね。兎にも角にも体力の使いすぎは良くないから、上手くバランス取るのが一番大事なんだよ!
大胆に着実に、細かい所は集中して、それで歓声が上がったら最高だった。だけど、曲が終わるまで周りのお客さんがどんな反応をしていたのかよく覚えてない。
気づけば再びMCに入っていて、次は琴実がマイクに向かって言葉を発そうとしている所だった。
「琴実......」
汗を拭いながら琴実の方を向き、何を言い出すのか演奏中も気になっていた。
次の瞬間、琴実は右腕を高々と挙げ、大きく息を吸ってMCを始めた。
「今日のライブ、私にとって大事で大事で手放すことの出来ない人に送るわよ!」
腕の文字は最初見た時よりも少し薄くなっていたけど、それでも『ファイト!』というたった4文字の言葉の暖かさや重さは圧倒的な存在感を放っていた。




