学祭、不協和音の後味
俺の音楽、誰と奏でても同じ結果になるものだと思っていたが、それは大きな間違いだった。
誰と奏でたとしても、本人の考え方次第でどこまでも変われるチャンスは与えられていて、結果に結びつけばそれでいい。
共に組んだとしても、観客側の立場だったとしても、見て欲しい人に自分の本気を見せつけられれば次に繋げることは出来るだろう。
いつか音琶と、再び同じ場所に上がって音を創り上げられるのなら、さっき手にした感覚は今後の力になってくれるだろう。
「夏音、お疲れ様」
「ああ......」
音琶からタオルを受け取り、全身に伝う汗を拭う。演奏中、こんなにも汗を掻いたことがあっただろうか、手を動かしながらふと思う。
音琶と組んだバンドでもそんなことにならなかったし、あくまでライブを進めることだけに必死だったから自分の身体の心配をする暇も無かっただけかもしれないが、頭や腕に伝う汗を拭き取ることに必死になったのは初めてだった。
「楽しかった......?」
「......何がだよ」
「何がって......、そんなの自分のライブに決まってんじゃん」
「......そうだったな」
音琶は間違いなく複雑な感情に苛まれているだろう。自分と組んだバンド以外で俺が楽しそうに演奏している。まるで一緒に組んでいた時とは見違えるほどに......。
「夏音、今まで見たのと......ううん、昔見たのと似ていた」
「そうかもな」
「かもじゃなくて、そうなんだよ。だからさ......」
下は向いてない。真っ直ぐに俺の瞳を見つめていて、覚悟を決めたかのような表情をしている。短くなったツインテールを引っ張ってやろうと思ったが、そうする前に音琶は口を開く。
「次に私とバンド組むときは、さっき以上の音楽に仕上げてよ」
真っ直ぐな瞳はどこか嬉しそうに見えた。誰かと比べたからこそ見えた自分の演奏への解決法、最低な見つけ方だと自負してもおかしくないというのに、音琶は俺を責めたりなんかしなかった。責めるどころか喜んでいた。俺は音琶を喜ばせることが出来たのかもしれない。
「......そんなこと、言われなくてもわかってる」
折角音琶が我儘を言ってくれたというのに、俺はどうしていつもこうなのだろう。好きな奴の我儘くらい聞いてやる位の勢いで返事すればいいものを、見えない壁に邪魔されているかのようにまともに答えることができない。
「この後、私の出番なんだから、夏音も何か感想言ってくれないと、怒るんだからね!」
「はあ......」
どうして次の言葉が出てこない。音琶に怒られたことが何回もあるから今更抵抗する必要もないってか? そんなわけないだろう、慣れてるとかいうのは今は関係無い、本来ならさっきの演奏は......!
音琶は喜んでいる。昔の俺が見れたような気がして、嬉しい気持ちになっていることに間違いはない。
だけど、素直に喜べないのだ。だって、音琶は俺と組むことで初めて、俺の本来の演奏が取り戻せると思っていたのだから。
さっき以上の音楽、か。どうやって見つけるかは俺の頑張り次第......。
いや、そうじゃない。俺の頑張りも勿論必要だが、バンドというものは1人だけで創り上げるものではない。
最低でも2人、それ以上でも何人でも構わない。バンドを組むというのなら、組んだメンバー全員で創り上げないとそれは一つの音楽と言えない。
1人だけで創り上げた音楽なら、それは同じタイミングで同じ曲をそれぞれ別々に奏でた不協和音に過ぎない。
これから奏でられる音琶の音楽、それが1人だけのものなのか、全員で創り上げたものなのか、しっかり目に焼き付けておかないといけないな。




