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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第26章
374/572

学祭、変わりゆく心

 ***


 誰にだって話したくない過去がある。

 俺もそうだし、きっと音琶も、そして琴実も......。


 だが、その過去があって今の自分が有るのなら、何も躊躇すること無く堂々と生きればいいのだろう。過去を乗り越えられずに命を絶ったり、外に全く出られなくなったりする人だってこの世には沢山居るはずだし、そんな状況をどうにかしようと思った人が周りに居なかったと取ることも出来る。

 俺には音琶が居るし、音琶には俺が居る。そして琴実には結羽歌が居た。何度かぶつかった関係でも、互いの意思を投げ合っては受け止め、それを繰り返すことでより理解が深まっていく。


 理解していく中でも過去を話すか話さないか、そんなの自由だ。音琶に出会ったばかりの俺は過去に囚われていたし、そのせいで音琶を信じようという気持ちになるのに時間が掛かっていた。

 だが、音琶は話す必要はない、知る必要もないと言ってくれた。なかなか言えないが、音琶の言葉に俺は救われたのだ。


 そして琴実も、結羽歌に救われたからこそ、今こうして学祭の場に足を運ぶことが出来ているのだろう。昨日帰ってから今までの間に何があったかは知らないし、それを知る必要も無い。だけど、客席で音琶と駄弁っている琴実はどこか嬉しそうで、奴からは昨日の男が来ているかもしれないという不安や焦燥は感じられなかった。


 全く、ステージ上から俺は一体何を考えているのだか。自分の出番が始まるというのに他人の心配かよ。まあ別に、琴実のことは友人と捉えて良いか判断に困るから、あいつがこの先どうなろうが俺には関係ない話だしな。

 他人よりもまずは自分を大事にしないと損ばかりするだろうし、自分の利益にならないことに足を突っ込むのは勘弁願いたい。


 さてと、開演の時間になったことだし、切り替えて昨日のような中途半端な演奏にならないように心がけないとな。



 実力の向上が図られる機会なら何度か経験していた。練習を繰り返すことが全てじゃないってことも理解していた。

 結局一番大事なのは、自分と向き合っているモノをどれほど愛することが出来ているか、だ。


 どんな曲でも構わない。一番やりやすい方法を探すのも自由だ。今置かれている状況を考えるのもそいつの勝手だ。

 音楽の愛し方を思い出して、喜ばせたい人の願いを叶える。自分の過去と向き合う。それが出来れば、きっと俺の音楽も昔のものに近づけると思うし、理に適ったものになれるはずだ。


 もういい加減、大切な人の為にも、過去と音楽を照らし合わせるのを辞めるべきだな。誰かの過去を垣間見てしまったせいでこんな感情にさせられているけど、これも良いきっかけなのだから、罪悪感に苛まれる必要も無いな。



 鳴香のギターから始まる1曲目。学祭2日目の最初にして最後の俺の出番。たった1バンドで出来ること、音琶と組めていないからとかいう問題はひとまず置いておくことにした。


 Fenderから掻き鳴らされるイントロに合わせて俺も手足を動かす。茉弓先輩も続くが、今は自分の立場なんて気にしなくていい。いくら俺の監視としてバンドの勧誘を促してきたと言っても、受け入れてしまった以上、演奏中に余計なことを考える必要がない。

 情けない姿を大勢の観客に晒すくらいなら、ありのままの自分を出してしまえば良い。音琶が言いそうな言葉だが、似たようなことを考えている以上、俺と音琶が似ているという洋美さんの言葉を否定する資格も与えられてないんだな。


 聞こえるのは鳴香の声とギターの音、茉弓先輩のベースの音、俺のドラムの音、そして目の前の観客の声だけだ。

 自分だけの空間に迷い込んだような不思議な感覚、いつか感じたことのあるような感覚で、最後に感じたのがいつなのかは思い出せない。

 ただここまで無心で、自分の音楽だけに向き合いながら演奏出来たことがあっただろうか。別に音琶と組んでいるわけでもないし、バンド仲が良いわけでもない。それなのに、俺は楽しめている、そう捉えることが出来なくもない。

 誰かの不幸を見たからとか、自分と比較したからとか、そんな最低な理由で自分という存在を高く位置づけて音楽に結びつけていると言ってもいいのに、どうしてこんなにも俺は身体を熱くしているのだろう。


 体感時間と演奏時間が一致していない。気づけば1曲目が終わり、鳴香が2曲目開始の合図を出す。後ろで短く結ばれた髪が左右に僅かに揺れ、再びギターから始まるイントロが鳴り響く。

 遅れてはならない、そう肌で感じながら汗が滲み始めた両腕を振りかざした。

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