不満、考えることが多すぎる
5月7日
ゴールデンウィークが終わってしまった。
このまま永遠に休みが続いてしまえばいいのに、なんて思う学生が沢山いて、俺もその一人な訳だけど、願った所で学校が無くなることはない。
残念なことにこの世界が滅ばない限り学校は続いていくのだ。
身体は何とか動く、どうせ午前の授業は一限で終わりなんだし空きコマで休んでおけばいいのだ。
「久しぶりだな滝上、ゴールデンウィーク何してた?」
教室に着くなり日高が長期休みの感想を聞いてきた。
「勉強したりサークルに顔出したりバイトしたり、ってとこだな」
「楽しそうだな」
「どこがだよ」
この長期休みを振り返って思ったけど、俺がしたことはどう考えても平凡過ぎてつまらないものなんだよな。
リア充とかいう低俗な連中共はお友達グループや形式上の恋人とどこか遠い所に出かけ、お互いに楽しい楽しい休日ってものを過ごしたんだろうけど、そんな奴らとは無縁の存在が楽しい休日など過ごしているわけがない。
「俺も滝上と同じような感じだぞ、それでも充分楽しかったし、日頃の疲れもとれたかな」
「はあ......」
日高のことだ、こいつはどんな奴も平等に扱えるから俺みたいな人に共感ができるんだよな、それはさておき......、
「じーっ......」
さっきから立川が俺の顔を覗き込むように視線を向けている。
「何だよ」
「あれから何日経ったと思う?」
「はあ?」
何かあったっけ、何て思ったけどこいつと初めて会ったとき、軽音部に入りたいなんて言ってたな。
ゴールデンウィーク後半に色々あったせいですっかり忘れてた、一応鈴乃先輩に話つけてるけどあの様子じゃどうも言いにくいんだよな。
「私はいつになったら軽音部入れるのかな?」
「ああ、その話なんだが。先輩から返事来てないからまだ何とも」
「もー、いつまで待たなきゃいけないのかな」
「さあな」
「ちょ! さあなって何よ!?」
「千弦ちゃん、落ち着こ?」
お怒り気味の立川を結羽歌が宥める。
忘れてた俺も俺だけど、いつまで経っても連絡を寄こさない先輩達も大概だよな。
「わかったよ、今日また先輩に聞いてみるからもう少し待ってろよ。その間勝手に部室行ったりするなよ、怒られるのは俺なんだからさ」
「むう、わかったけど、早くしてね」
立川が未だ不満に溢れた表情をしていたけど、勝手に部室入れるのは掟破りになるから簡単には事を進めれないんだよわかってくれ。
まあ、その事が書いてあったのは結羽歌が言ってくれたから気づいたわけで、そうでなかったら何の躊躇いもなく部室に入れてて減点食らってたな。
一通り読んだつもりだったけど、物量が多すぎて全部覚えきれてなかったみたいだ、これは何回も読み返した方がよさそうだな。
二限の時間は授業が入ってないから一限が終わったらそのまま部室に直行した。
部屋でゆっくりする予定だったけど立川の件もあるしのんびりはできない、一応結羽歌も連れてきたが、運良く部長と、その部長率いるバンドメンバーが楽器を片付けている所だった。
確か3年生以上で組んでるって話だったな、新歓のライブでは出てなかったからどれ程の実力なのか分からないけど、オリジナルの曲をやってるらしい。
「夏音と結羽歌か、アンプの弁償代でも払いに来たのか?」
「いえ、それはもう少しなんですけど、今回は別件で」
「新入生ライブの時までに払ってくれればそれでいいから、別に急かしてるわけじゃ無いからな。それで何の用だ?」
いつも厳格な人だけど、今の言葉で少しだけ部長が理解のある人だって思った。
どっちにしろ早く払わなきゃいけないのは変わらないけど。
「同じクラスの奴がサークル入りたいって言ってるんですけど......」
「なるほどね......」
部長が考え込むような表情をした。
なぜそんな風になったのかは俺には何となくわかる、鈴乃先輩が言ってた採点は最初の部会の時から始まっているから、このタイミングで新たに部員が入ってくると例え3週間経っていなくとも大きく影響してしまう。
仮に立川が入部できたとしても、これまでの部会が欠席扱い、ってことになるんだろうな。
こんなものがなければ部長は一つ返事でいいよと言ったかもしれないのに、なぜここまでして掟や採点を大事にするのか俺には理解できない。
「もうちょっと待って、そうすぐに決めれることじゃないから」
部長が発した言葉はそれだけだった。
別に期待してたわけじゃないけど、もう少し他人のことくらい考えてやってもいいんじゃないか?
やっぱり理解のある人と思うのはやめよう。
俺と結羽歌が部室に取り残され、特にすることもなかったから帰ろうとしたその時、扉が開いた。
「お疲れっす、お二人さん」
調子のいい声で挨拶をしてきたのは湯川だった。
こいつもこの時間授業ないのかよ。
「何してんだよ、練習しないの? しないなら俺が使っちゃお」
「勝手にしろ」
そう言いながら湯川はいくらするかもわからないギターを取り出し、スピーカーに繋げた。
適当にチューニングしながら音を確認し、弾き始めようとしたその時、
「夏音さあ、一昨日俺が言ったこと覚えてる?」
「あ? 色々ありすぎてどのことなのかわからないな」
「ほら、お前らのバンド、ギターあと一人必要なんでしょ?」
「ああそのことか」
湯川は一昨日部室から正門に向かうまでの間、リードギターとしてバンドに入りたいと言ってきたのだ。
確かにあと一人必要だけど、バンドを組む人のことを考えなければいけない。
方向性の違いでバンド仲が悪くなり解散、なんてことはよくあるし、気が合わない奴と組んでも楽しめるとは思えない。
それ以前に誰と組んでも本気で楽しめる自信がない、というのは黙っておこう。
「正直俺さ、初心者の人と組む気ないんだよね。ベースの経験者はいなかったからそこは諦めるけど、夏音と音琶はもう何年もやってるんでしょ? 他の人はもう初心者同士で組んだりしてるから俺の出る幕が無いわけ。だから俺が入れば君たちのためにもなるし、俺のためにもなる。どう? いい考えだと思わない?」
「思わねえよ」
即答した。
そりゃそうだ、初心者でもこれから上手くなろうとみんな頑張っている。
それを真っ先に否定するのはそいつらに失礼にも程がある。
「でも夏音としても下手な人よりも上手い人と組んだ方がいいでしょ?」
「......」
「はい何も言えない、だから俺と組んだ方がいいんだって」
「無茶苦茶だな、まあ早いとこ決めなきゃいけないってのはあるから、無理だとは思うけど結羽歌と音琶にも交渉してこい」
「へえ、じゃあ二人がいいって言ったら入っちゃうからね」
上手く嵌められたような感じしかしない、音琶は絶対断ると思うから大丈夫だろうけど。
「結羽歌、どうする?」
さっきから俺と湯川が喋る度に視線を移し、いつものように不安になってる結羽歌に聞いた。
「私......、早いとこ組んで、練習したいってのは、あるかな」
マジか、じゃあ後は音琶次第かよ。
「音琶にLINEしよっと」
結羽歌に了承(?)された湯川は即座にスマホを取り出し、音琶にLINEを送ったようだった。
「それじゃ、俺はこれから練習するから」
湯川はそう言い残し、再び弦を揃え始めたので俺と結羽歌は一度帰ることにした。
この後音琶からLINEが来るのは確実だろうな、多分嫌味を込めて。
休み明けから俺の日常は波乱の連続である、もう少し平和な生活を送りたいけど無理だろうな。




