襲来、学祭が原因で
今日は打ち上げがなくて、学祭初日が終われば後は部屋に戻って明日に備えるだけ。そう思っていたけど、私達にはまだまだ反省すべきことが沢山あって、このまま平気な顔して帰ってもいいわけがなかった。
「実はさ、琴実ちゃん今日シフトだって言ってたから、二人とも行こうよ」
「ライブの後すぐにバイトとか、あいつも大変だな」
「うん......。だけど、四人で飲めるんだし、今日のことも、色々話し合えるはずだよ......!」
「......そうだな」
渋々ながらも受け入れる夏音、結羽歌もこのままではまずいと思っているから数少ないチャンスをモノにしようと思っているんだよね。
「たった一日で変われるかはわからないけど、思っていることが違ってるだけで心の余裕とか、意気込みとか、そういうのがあったら気持ち軽くなると、思うよ......?」
「焦るな、今のだと何言ってるのか理解に時間がかかる」
「そう......、だね」
結羽歌は未だに夏音のことを怖がっているのかな? でも、あの場所に戻りたいって言ってるんだからそんなことないよね。
それと、明日の花火は人目の付かない所で夏音と二人きりで見たいな。どこに行けばいいのか下調べしておけば良かったな......。
ライブ前日に飲み屋に行くというのは如何なるものか、危機感がないと思われるかもしれないけど、残された課題を果たすべく僅かな時間を練習に費やしたとして上手くいくわけがない。
気持ちを落ち着かせることも大切だし、大切だと思える人達と過ごす時間ほど尊いものはない。
琴実とも今日のライブで一緒に演奏したけど、ノレている琴実に対して私のリードはどこか頼りなかった。琴実に一緒に組んでどう思われているかもここは腹を決めて聞き出さないと、同じ過ちを繰り返す可能性だってゼロじゃない。
店の前に辿り着き、扉を開けたら見慣れた光景が私達を待ってくれるはずだった。
だけど、そこに映ったのは思いもしなかったものだった。
フリフリのメイド服に肩より短めのツインテール、そこまではいつもの琴実だ。ここの正装の琴実だ。
俯きながらカウンターに座っている男の人の話を延々と聞かされている感じだけど、どうも様子がおかしい。
「琴実ちゃん......?」
先に口を開いたのは結羽歌だった。まるで何かを察したかのような口ぶりで琴実に近づこうと前へと進んでいく。
「あっ......、い、いらっしゃいませ! 3人でいいわよね?」
「いいけど、どうしてここに......」
人数確認をしたのはいいけど、今はまだ私達とカウンターの男の人以外お客さんはいなくて、マスターも買い出しをしているのかわからないけどここには居ないみたいだった。
「どうしてだって? そんなの学祭があるからに決まってんじゃん? てか2人ともいつの間にか仲直りしてたんだ」
ようやく口を開いた男の人はどう見ても琴実に敵意を向けられているし、何故か結羽歌のことも知っているみたいだった。
「俺はこの日を待っていたんだよ、ライブ中は話しかけるタイミング無かったから静かにしてあげてたけど、終わった後なら後を付ければいいわけだし」
「この......、ストーカーが......」
「は? 何言ってんだよ、最初に告ってきたのは琴実からだろう?」
ちょっとちょっと......、一体何が起こっているの? 結羽歌は何か知っている感じだけど琴実を守ろうと必死になっているから私達入れないし、それに公共の場で大事になったらまずいよ......。
それよりもこの人誰?
「そこで立っている2人も、早くこっち来なよ。俺は今日琴実を説得するために......」
その時、結羽歌が男の人の胸ぐらを掴み、今まで聞いたこともないような低くて圧の籠もった声で言葉を放っていた。
「......あなたには琴実ちゃんがどれだけ辛い想いしていたかなんて、わかるわけがない。あなたは、付き合っている時も琴実ちゃんの気持ち、何も考えてなかった。あなたに浮気された時に悔しくて泣いてたなんてことも知らないよね。あの後人一倍部活も勉強も頑張ってたなんてことも、知らないよね。それなのにどうしてまた琴実ちゃんの前で平気な顔できるの? そんなのおかしいよね、おかしい......、よ......」
話していくうちに結羽歌の手は震えていき、やがて胸ぐらを掴んでいた手も弱々しく下がってしまった。
てか結羽歌のあんな顔初めて見た......。静かな子ほど怒ると怖いっていうけど、全くその通りだったな......。
「結羽歌......、もういいわよ。あとは私がどうにかするから」
「どうにかって......」
「......警察呼べばいい話じゃない。こいつずっと私の後つけてたみたいだし」
「そんな......、でも......」
ずっと後つけてた、か。私もそんなこと夏音にしてたような......、ううんしてました、はい。
「結羽歌は俺の胸ぐら掴んだのに? 一方的に訴えられる権利なんてないと思うけど?」
「......」
「それに俺が琴実を追っていた証拠なんてどこに残るんだろうね。その反面結羽歌が俺に暴力振るった所をしっかり見ている人が3人も居るんだよ。勝ち目あるの?」
「......うるさいわね」
「ま、優しくて所詮口だけの琴実が自ら警察に連絡なんて出来ると思えないし。何か変なのも入ってきたし、さっき来たばっかだけど俺帰るわ。明日のライブも楽しみにしているから」
男の人はそう言い残した後、カウンターにお金を置いて帰ってしまった。背景を一切知らない私と夏音はただ呆然とすることしか出来なかった。
年は私達とそんなに変わらない感じだったし、結羽歌の話している感じから察するに、さっきの人は琴実が過去に付き合っていたっていう......、
「......3人ともごめんね。すぐにメニュー持ってくるから」
我に返った琴実だったけど、その顔はライブ中の時とは考えられないくらい疲れ切って見えた。
明日のために解決法を探していこうって決意したばっかりなのに、どうしてこうも私達には次々と試練が与えられなきゃいけないんだろう......。
私はどうしたらいいんだろう、やらなきゃいけないことはわかっているのに、それに対する方法が簡単に思い浮かんでこなかった。




