学祭、初日を終えて
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なんか不完全燃焼だったな......。
やらなきゃいけないことに翻弄されて最低限の努力しか出来てないような、そんなモヤモヤした感じ。ライブよりも夏音と二人で屋台に廻っている時の方がずっと楽しかったし、ギターを持っても気持ちに整理を付けられていなかった。
「......お疲れだな」
「うん......」
夏音も浮かない顔をしている。元々表情があまり変わらないことは知っているけど、これだけ一緒に居たら口調とか僅かな眉の動きとかで何を思っているかは見極められる。多分他の人の演奏の変化よりは分かると思う。
そんな夏音だって1バンドしか出番がなくて、もっと演奏したかったという想いがあるに決っている。何よりも私と一緒にステージに立てなかったことへの悔しさは夏音にとって壮大なものだよね。
「この後は自由行動で構いません、自分の楽器や個人機材回収したら解散になります」
学祭は21時まで続くから、ライブが終わった後でも屋台を廻る時間は与えられている。明日は最後に花火が打ち上げられてその後に打ち上げがあるけど、今日は特に他に大きなイベントは残っていない。
基本のライブセットは今日の段階ではそのままにしておいて、個人の楽器やエフェクター等の機材を片付けるだけで解散ってことになった。
私はさっさと端に置かれている自分の機材を手にとって体育館を出ようとした。でもその前に......、
「お前俺を置いて帰んのかよ」
「......」
出口に行こうとした私を後ろから呼び止める夏音。わざわざ右手を掴んでまで呼び止めるなんて、夏音も変わったよね。
「そんなこと、ないよ」
「だったら、黙って行こうとするな」
「むぅ......」
「......ふて腐れるな、俺だってお前と同じ気持ちなんだからよ」
「うん......」
あれだけ頑張ろうって言ったのに、どうしても弱気になってしまう。このままじゃ明日も同じようなことを繰り返すことになっちゃう......。私にとって最初の学祭なのに、楽しみたいって思ってたのに、これじゃ願いを叶えるのは無理だよ......。
「ねえ、音琶ちゃん」
夏音と二人で体育館から出て間もなくだった。まるで待ち伏せしていたかのように小柄な少女が現れたのは。
「結羽歌......」
「この後、どこか行く予定とかあるかな......? 打ち上げは、今日あるのかな......?」
「打ち上げはないよ」
「そっか」
結羽歌はライブ、見てたのかな? もし見てたんだったら......ううん見ていたに違いない。見てなかったら私の所に来るわけないし、第一結羽歌が私達のライブを見ないわけがない。
「一緒に廻ろうよ、夏音君も、いいよね?」
「......好きにしろ」
「良かった」
もうすぐ19時になろうとしている。準備も含め6時間以上もサークルに時間を使っていたんだ、疲れは溜っているしお腹も空いている。ちゃんと食べて明日に備えないと。
・・・・・・・・・
結羽歌は一人で来ていたのかな? 日高君と千弦は二人きりで廻ってそうだし、結羽歌のことだからその二人の間に入れるとは思えないし......。ってか私もサークルに無関係の人と一緒に学祭廻って会話が続くと思えないし、よくよく考えれば友達だってそんなに多くないもんね。
何だろう、お父さんもバンド組む前までは目立たない影の薄い学生だったって言ってたし、私の境遇と同じとまでは言えないけど、全く似ていないとも言えない。
バンドに限らず何か一つのことに集中し過ぎると、その世界に閉じこもっちゃって、もっと広い所には行けなくなっちゃうのかもしれないね。
「今日はあんまり、食べないんだね」
「そ、そんなことないよ! すんごいお腹空いてるから、慌てて食べたらお腹痛くなっちゃうと思って! だから最初はちょっと抑えてるんだよ!」
「そっか、音琶ちゃんはそうでないとね」
もうあと2時間もない。それまでに食べたいものを探さないと。
「ほ、ほら! あそこで串焼いてるよ! 結羽歌も食べるよね?」
「うん、私もお腹空いてたから......」
時間も時間だからそれなりに並んでいて、その間に夏音は隣にあった焼きそばの屋台の方に行っていた。串はいいのかな?
「それでさ、音琶ちゃん......」
「ん、何?」
最後尾について間もなく、結羽歌が俯きながら私に何かを聞こうとしてきた。
「音琶ちゃんは、もう一度私と組みたいって、本当に思ってるんだよね......?」
「.........えっ!?」
不意打ちだった。辞めた身で不安な気持ちが拭えてないはずの結羽歌が今日の私の演奏を見たら本当にギターが、バンドが楽しいのだろうか、本当にもう一度ステージに立ちたいって思っているのか、疑問に思わないわけ......、ないよね。
「思って無いわけ......、ないじゃん」
「本当に......?」
「本当だよ! そのために私、夏音達と頑張ってるんだから!」
嘘なんて言ってない、必ず結羽歌を取り戻してやるんだって、そう思いながらサークルに臨んでいる。だけど......、
「音琶ちゃんが頑張ってるのって、サークルを変えることだけなんじゃないの......?」
.........。
返す言葉がなかった。
サークルを根底から変えてやる、学祭を楽しんでやる、口だけは達者だった。
ギターを弾いて誰かを喜ばせることを疎かにして、私は自分のことを何も考えてなかった。
サークルを変える。そのことだけに夢中になっていたら、結羽歌が戻ってきた時にちゃんと最高のバンドが組めるのかな? 夏音もその結果で嬉しく思うのかな?
今、私は何の為にサークルにいるのか。答えが少しわかった気がするよ。
「ほら、音琶ちゃん、私達の順番になったよ」
「あ......、うん。そうだね、冷めないうちに食べないと!」
我に返るまでどれだけ時間が経ったかなんて考えてない。だけど、明日私がするべきことは何か、その答えははっきりとわかったよ。
結羽歌、ありがとね。




