学祭、先輩に惑わされないで
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響先輩の年齢、私よりも3つ上ってことだよね......。
てことは、和兄と同い年......。もしかしたら一緒にバンド組んでいたかもしれないし、最初の1年だけでも同じ場所で音楽を奏でていたのは確かだ。
あの時聞いておけばよかったと思ったけど、夏音が居たから出来なかった。話すのはまだ先になるんだし、次があるとしたら響先輩と二人だけで会う機会が訪れることを待つしかない。
夏音と二人で体育館まで辿り着き、中に入る。まだ私達以外に部員は来ていなくて、電気は付いているのにちょっと薄暗い。本当にこれからあんなに盛り上がるライブが始まるのかな、というちょっとした不安が頭をよぎったけど、私の心の中を察してくれたのか夏音が私の肩に手を当ててくれる。
「何暗い顔してんだよ。お前の晴れ舞台になるんだぞこれからここは」
「そんなの、夏音も一緒じゃん」
「そうだな」
響先輩の話を聞いてから夏音もずっとこんな調子だ。ライブ前にこんな複雑な気持ちにさせられると本気が出せるのかどうなのか、色々な疑問が浮かんでは消えていくけど、切り替えないとダメなんだ。
大学生になれてから、ライブというものを何度か経験しているけど、どれも本当に満足出来るものにはなっていない。きっと今回も、そうだ。
夏音と組んで、最高のバンドを創り上げる、それが私の願い。一見すると簡単に叶えられそうな願いなのかもしれない。私が不器用なだけなのかもしれないけど、思っている以上の努力をしないといけないって知った。
今回は夏音とは一緒に舞台に立つことは出来ない。勿論出せる限りの力を出さないと、折角組んでくれた人達に失礼だ。だけど、物足りない気持ちになっていることを否定は出来ない。
「あ、あのね......」
「......何だよ」
「また一緒に私とバンド組んで欲しいよ」
「......」
我ながら何言ってるんだろう、切り替えないとダメだって言ったばっかりなのに、これからのことを考えると心の内をどうしても堰き止めることが出来ない。
「......そうだな」
どこか遠くを見つめるように夏音は答える。夏音もきっと、私と同じ気持ちだよね? 同じ気持ちだけど、夏音は私よりもずっと大人なんだよね......。
「あれ~、二人とも早いね~。まだちょっと時間あるってのに」
土足用のシートが敷かれた体育館の床を歩こうとした時、後ろから気の抜けたような声が聞こえた。無人の体育館だからこそよく声が響いていて、逆にそれが気味悪くも聞こえてしまう。
サークル最年長の小沢聖奈先輩、留年していないから響先輩と同い歳の、何を考えているかよく分からないミステリアスな人だ。
「別に、時間までやること終わらせただけですよ。どうせ遅れたら面倒なことになるだろうし」
「へえ~、律儀だね~」
「あんたらがあんなんじゃなかったらもう少し満喫していたかもしれませんね」
「そっか~、まだ夏音には理解してもらえてないみたいだね。でも安心して、私達がしっかりサークルに馴染めるようにサポートしてあげるから」
「そりゃどうも、でもその必要があったらとっくに頼んでるんで」
「......そう」
聖奈先輩がどれだけ恐ろしい人なのかを私も夏音も理解している。そもそもこのサークルの女の先輩は、出会った当初だけ人当たりが良かったり後輩をしっかりサポートしようという姿勢があるように見えたりする。
でもそれは表向きの姿でしかなくて、後輩を自分の思うがままに洗脳しているのが本当の姿なんだ。鈴乃先輩を除いて、茉弓先輩も聖奈先輩も、同じことを考えているんだ。
男の先輩はストレートに自分の考えをぶつけているのに対して、女の先輩は裏の顔を上手く使いこなしている。厄介な相手だけど、これからどうしたらいいのか私にも分からなくなってきているんだ......。
そう言えば、琴実や鳴香、淳詩は大丈夫なのかな? 聖奈先輩なんかと同じバンドを組んでいる以上関わる機会は前よりずっと増えたんだし、もしかしたらなんてことも考えてしまう。
さっきの言葉だってなんかちょっと怪しかったし......。
「夏音......」
「惑わされるな、馴染めなくたっていい、根本から何もかも変えてやるんだからよ」
「......」
「俺と音琶の今の共通点って言ったら、茉弓先輩と同じバンドを組んでいるって所だな。二人で同じ試練を抱えているって思えば少しは気が楽だろ」
「もう、私を励ましてくれてるのは伝わるけど、ちょっと下手だよ?」
「下手って何がだよ」
「何でもいいじゃん?」
「意味分かんねぇ......」
不器用なのは夏音も一緒だってことを忘れかけていたけど、なんかちょっと気が楽になったかも。
「早くステージの用意しておかないとね。今回もまた、PAやることになるんだから!」
「全く、本職はPAじゃないっての......」
渋々返答する夏音だったけど、目が本気だったとこ、私は見逃してないんだからね。




