学祭、音同と軽音
綺麗な音色だ。
真っ先に出た感情がそれだった。男性とは思えないハイトーンボイスを繰り出し、絶妙なピッキングが心地よい。
BPMが低い曲であることを意識している人の演奏はこういったものなのだろう。カッティングの強弱も曲の場面によって上手く使い分けられているし、アルペジオも完璧だ。
最低2年以上はギターに触れている人ならこれくらい出来ていて当たり前なのかもしれないが、この人はエレキだって出来るわけだし、二つの楽器で弾き方なんて全然違う。
最も、俺がギターに触れたことなんて一度も無いし、これからもそんな機会は訪れないだろう。
1曲を弾き終え、ミュートを完了させたら響先輩は軽く微笑み、肩の力を抜いて深呼吸をした。
「どうだった、かな?」
一息ついて俺と音琶に感想を求めてきた。当の音琶は目を輝かせて拍手を送っているが、俺はただ呆然としているだけだった。
「すごいです! 先輩の弾き語りは初めてでしたけど、声綺麗で感無量です!」
「それは良かったよ。弾き語りならいつでもやってるし、気が向いたら何回でもここに来ていいんだよ。サークル忙しいかもしれないけど」
「時間作って行きますよ! 時間は限られてますし!」
「そっか、その時はまたよろしく」
すっかり仲良くなりやがって......、まあいいけどさ。元はと言えば俺が行きたいからここに来ているわけなんだし。
「夏音君も、ライブ頑張ってね」
「勿論ですよ」
特に意味のある言葉を返そうとも思わなかったから、簡単な返事だけ済ませて、それでも屋台の飯を買わないと申し分なかったから財布から小銭を取り出し......、
「2つください」
「お、ありがとう! ライブだけでなくてデートも楽しまないとだからね」
「最後一言多いです......」
アコギを降ろして近くの椅子に置き、大きな氷の入った四角形の桶からラムネの瓶が取り出された。
もう10月だというのに、果たして部費が稼げるくらいには売れるのだろうか。疑問に思うが折角来たのだから買わないと失礼だしな。
「ありがとうございます」
「それはお互い様だよ」
2本をラムネ瓶を受け取り、1本音琶に渡す。肌寒い季節であるにも関わらず音琶は目を輝かせたままなのは滑稽だな。
まだ1時間ほど余裕があるけど、ライブまで何をしようか。他に行きたい所はないから音琶の意見を優先してもいいのだが......。
「二人とも、こんな所で何してるの?」
瓶を開けようとしたその時、聞き慣れた重い圧が込められた声が俺と音琶に向けられた。
「本当に二人は仲良いよね~。一緒に何を考えて行動しているのかはわかんないけど」
「茉弓先輩......」
さっきからずっと付けていたのだろうか。1年生の動向を気にしているのは知っているが、まさかここまでして俺らのことを監視しているとはな。
正直この状況はまずいかもしれない。何せ過去にサークルを辞めた人が居る屋台に訪れ、弾き語りまで鑑賞したのだ。どこから見ていたのかは分からないが、鈴乃先輩絡みの時からこの人との間で碌な目に合った例がない。
「確かここって、音楽同好会っていう、幽霊部員がいっぱいで来年以降まともに活動が出来るかも怪しいサークルの屋台だよね~。一応私達は軽音部っていうちゃんとした活動しているサークルの部員だから、後輩が音楽関係のサークルに興味を持つのはわかるけど~、もう少しまともな活動している所を偵察した方がいいんじゃない?」
また始まったか。いくら目の敵にされているとは言え、俺や音琶が誰と関係を築いてどこへ行こうが茉弓先輩に支配される筋合いはない。
サークルのことが大事なのかもしれないが、あんな狂った環境を正そうと、俺を含めた一部の連中は結託して奔走しているわけだ。
どんな方法を使って俺らを落とそうとしているかは知らないが、これ以上頭のおかしい先輩の言いなりになる必要はない。ましてや他のサークルの活動を否定するのは人として間違っているとしか言えない。
「俺が何しようと......」
「待て」
俺が言おうとした瞬間、響先輩が前に出て俺を止める。ここは先輩の出番だってか、確かに茉弓先輩より一つ上の学年だし、一応後輩という立場の俺が出るよりも響先輩が出た方が理に適うだろう。
「茉弓......、お前変わったな」
この人、茉弓先輩のことを知っているってことは......。
軽音部を辞めたのは一昨年だと言っていた。ってことは響先輩も最低1年は留年しているのかよ......。3年生だって言ってたからな。
「ひ......、いや、何であんたは私の名前知ってんのよ。ストーカーだったりするの?」
ストーカーはどっちだよこの野郎、と言いたかったがどうせまた響先輩に止められるだろうからやめた。
「君が1年生の時、一緒にバンド組んだこと忘れちゃったの? 残念だな、それなりに楽しかったのに」
「だ、だから。何のことだよ、あんたのことなんて知らないし」
「......そっか」
学祭の場だというのに修羅場が繰り広げられていた。これ以上ここに居たらおかしくなりそうだな。
「もういいでしょうか、記憶に無い話を振られても混乱するだけだから、あなたたちは自分の出店の心配したほうがいいかもしれないね」
「......そうだね。これ以上言っても無駄みたいだし」
さっきまで良い感じの空気だったというのに、たった一人の悪のせいで険悪になってしまった。初日の午前からあまり良い気分になれないな。
「響先輩、留年してたんですね」
茉弓先輩が去ってから第一声をどうしようか悩んだが、何故そんな言葉を選んだんだよ俺。
「......」
暫く黙り込み、周りの部員達も心配する中、響先輩は意を決したように語り出した。




