甘味、何を食べたって
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学祭は好きじゃなかった。
理由は単純なもので、つまらないと感じていたから。
クラスで集まってTシャツを作ったり、催し物を何にするか話し合ったり、放課後遅くまで残って作業したりと、端から見たら忘れられない思い出になるはずだろう。
だけど俺は違う。特に何かクラスに貢献できることをしたわけではない。そもそも居場所が無かった奴にそんな役割は与えられていない。
俺がした事と言えば荷物運びが限度だろう、軽音部に至ってはPAや照明を全て全振りされるという始末だった。
別に使えない人間だったというわけではない。ただ単に何となく、という理由でクラスの連中は俺を遠ざけ、学祭という一大イベントを俺抜きで楽しんでいたのだ。
良い思い出が無いものを好きになれるわけがないだろう。それが去年まで......いや、最近までの認識だった。
だというのに......、
「美味しいね!」
「ああ......」
大切な人と共に創り上げたモノのせいで、今この瞬間、学祭という概念に嫌気を感じていなかった。
「夏音も甘い物食べるんじゃん! 前までは強がってただけなのかな?」
「別に、音琶が食ってるから食いたくなっただけだ」
音琶と共にベンチに座りながら屋台で買った鯛焼きを頬張る。
サークルの方は朝早くから体育館に集まって会場の準備をし、主に俺と音琶が頑張って2時間程度で終わらせた。
まだリハーサルが残っているが、それは他校のバンドが来ていることもあって本番中に上手くやり過ごすことになったのだ。少しだけでも忙しい作業が減ったことに歓喜しつつ俺は今、音琶と共に広いキャンパス内を歩き回っているのだ。
「そしたら、私が毎日卵焼き作って、メイドさんみたいに『美味しくな~れ!』をやったら全部食べてくれるんだね?」
「そんなことしなくても食うから心配するな」
「でも、この鯛焼きは私が作ったやつじゃないよ?」
「......俺が何食おうが自由だろ」
「もう、素直じゃないんだから」
それなりに熱くて、ほんのりと甘い味が口の中に拡がる。食わず嫌いしていたわけではなく、ただ単に受け入れられない味だったのだ。
だというのに、音琶と居る時だけは味覚が麻痺している。音琶のせいで精神だけでなく身体の方もおかしくなってしまったのだろうな。
最後の一欠片を飲み込み、立ち上がる。それと同時に音琶も立ち上がり俺に続く。
「あと1時間くらいだから、ちょっと急がないといけないね! 夏音はどこか行きたい所ある?」
「行きたい所ならある。場所はだな......」
学祭の実行委員が作成したパンフレットを開き、場所を確認する。俺の行きたい所は......。
「東側の学食の近くだな、そこに音同の屋台があるから」
「音同って、響先輩が居るとこだよね?」
「ああそうだ、前のバイトの時に来てくれって言われてるからな」
「そっか、そしたら行かないとね」
音同、という言葉が出てきた途端、音琶の表情が少し曇る。さっきよりもずっとテンションが低くなっていることが窺えるし、予想通りの反応が返ってきたことに戸惑ったりはしない。
だけども、来て欲しいと言われたからには行かないといけないし、もしかしたら軽音部の誰かが音同に入るなんてことも有り得なくもない。
結羽歌だって琴実だって、ましてや日高ももしかしたら心境の変化があって、一度始めたバンドというものを別の環境で一から触れていきたい、なんてこともあるかもしれない。
音琶は今もあの忌々しい場所に居たいと思っているのだろうか。仮に俺が音琶の勧誘を断っていたとしたら、今でも音琶はサークルを続けていたのだろうか。
起こり得たかもしれないことを考えていく内に、どんな過程が見えていたかも知れない未来を想定してしまう。大事なのは現実だけだというのにな。
「......早くしねえと間に合わなくなるぞ」
「あ、待ってよ。夏音歩くの速い!」
考え込む音琶を置いていく素振りを見せながら俺は足を速め、音琶はそれに付いていく。
どんなに俺が遠くにいても、どんな方法を使ってまで隣に居ようとしてくれる音琶のことだ、今更驚くことでもねえよ。
・・・・・・・・・
さっきより少し閑散としているが、それでもしっかりとした宣伝がされている屋台たち。その中に音楽同好会なるものの屋台を見つけた。
「お、夏音君久しぶりだね。新しいバイトは順調かい?」
「響先輩久しぶりです。まあ割と上手く行ってます」
「良かった良かった。そしたら俺の弾き語り聴いてもらってもいいかな?」
「はい、響先輩のギター見るのは初めてですし」
音琶は一度見たことがあるという。音楽同好会のバンド演奏を。
「そしたら、いくよ」
アコギを肩に掛け、響先輩はピックを2、3度動かしながら演奏を始めた。




