泣顔、泣きたいくらい嬉しくて
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夏音の涙を見るのは久しぶりだったかな、夏音も色んなことを経験して心の中に変化が訪れたんだよね。
掛けられた上着を手にとって頭から被る。袖を通して裾を合わせるたら、一度夏音が向かった洗面所に行って泣き虫さんの様子を窺う。
「夏音、大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
鼻の先が赤くなって可笑しいな、涙はもう拭いちゃったみたいだけど完全には今まで通りになれてない所が夏音らしくて、思わずギュッとしたくなってしまう。
「......今日もこれからあの場所に行くんだからな。もう昼だからポスター貼りにはいけないけど、明日から昼休みの時間とか上手く使ってだな......」
「うん、そうだね」
「音琶も、俺一人じゃなくて、一緒に行ってくれるよな?」
「何今更そんなこと聞いてるのさ、行くに決まってんじゃん!」
「......そうだな」
鏡を見ながら納得のいかない表情を浮かべては顔を洗い、同じ動作を何回も繰り返してる夏音。そんなに気にすることないと思うけどな、私だって人前で大泣きしたこと、あるんだから。
「夏音、早くしないと遅刻しちゃうよ! 今日もまた楽しいバイトが待ってるんだから!」
「楽しい、ね」
「楽しくなかったの?」
「......そんなわけねえだろ」
今までずっと無気力で、何に対しても興味無さそうにしていた夏音が、初めて何かを楽しいと思えるようになっていた。
私が夏音を色んな所に連れて行って、初めてのことだった。
私だって、泣きたいくらい嬉しくて、楽しいんだよ。
だから、限りある時間の中でもっともっと楽しい思い出を作っていかないとね。




