印刷、宣伝のために
図書館は8時から開くから、開店と共に合わせて部屋を出る。
音琶は短くなった自分の髪を気にしているのか、歩いている間ずっと結ばれた髪の先を触ったり、視線をチラチラと俺に向けたりしていて、落ち着いてない様子だった。
充分可愛いって言ったんだから気にすることないだろ。別に知り合いに会っても言われることと言ったら『ちょっと髪切ったんだね!』くらいだろうし。
「まだ気にしてんのかよ、髪のこと」
「だって、左右長さ違ってたらどうしようとか、変じゃないかなって外に出るとさっきよりずっと気になっちゃうんだもん!」
「意識してる方が逆に変に思われるからな、そこ気をつけろよ」
「むう、夏音は彼女が髪切っても特に何とも思わないでいつも通りなんだね」
「何とも思わないわけないだろ」
全く、面倒だな。
初めて会ったときは人の目とか一切気にしないタイプの奴だと思ってたのに、変な所で意識しているのは相変わらずだな。
「ほら、もう着くぞ。どうせ大して知り合いも居ないだろ。俺と同じで」
「さ、サークルの人を入れなかったらあんまりほとんど居ないけど......」
「なら大丈夫だ、全く今までどうやって生きてきたんだかお前は」
「特に......、特に何もしてなかったもん!」
「そうか、なら堂々としていられるな」
「もう、夏音歩くの速い!」
我儘が止まらない音琶を放っておく素振りを見せながら先を歩き、ちゃんと音琶が後に付いてきたことを確認すると、目的地へと足を速めた。
印刷機に大量の百円玉を放り込んで何分が経過しただろうか。いくら部費から印刷代が出るからと言っても、時間は金で買えるものではない。
今まであのサークルにどれくらい無駄な時間を使っていったか途方もないくらいだが、本当にこの作業が効率良くて且つ自分の為になっているのだろうか、と思わなくもない。
そんなことを思うのは果たして贅沢なことなのか、広く見れば他のサークルだってポスター作りに励んでいるが、そいつらは恵まれた環境で恵まれた先輩達に囲まれているのではないだろうか。
やっていることが同じでも、量や質まで統計して考えると、全く違う内容に成り兼ねないよな。
「ねえ~、まだ終わんないの?」
「あと20枚くらいだけど」
「図書館って静かだから退屈だよね~」
「静かな場所で文句垂れるなよ」
「だって~」
まあ、特に作業するでもなくただ紙が刷られていく様を延々と見続けているんだから退屈な気持ちにはなる。だけどな......、
椅子にもたれ掛かって週刊誌読んでる奴が退屈とかよく言ったものだな。しかも芸能のスキャンダルがどうとかいう黒いやつだし、本当のこと書いてるかも怪しいものだし。てかこんなのよく大学の図書館に置こうと思ったな、もう少しまともなやつなかったのか?
「全く、嘘の情報とかに惑わされて何が本当かわかんなくなるぞこんなの読んでると」
無理矢理音琶の手から週刊誌を取り上げ、元あった場所に戻す。ふて腐れた顔をされたが、今は紙が全て刷り終えるのを待つ時間なのだ。
「もう、仕方ないかな。ま、さっきの本もそんなに面白くなかったからいいんだけど」
「はあ......」
こいつさっきまで人目気にしているようなこと言ってたのに、今はその面影すら感じられないくらい自由奔放になっているな、感情の起伏が激しいやつはこれだから困る。
困るけど退屈しないから別にいいんだけどさ。
「ほら、馬鹿やってる内に全部刷り終わったぞ。領収書もらったら掲示板廻るぞ」
「は~い」
部費から出るとは言っても領収書が無いと金は戻ってこない。役割を終えたら図書館を出て、広い大学内のありとあらゆる場所に位置する掲示板を巡っていった。
・・・・・・・・・
「取りあえずお疲れだな。昼飯、たまにはどこか食べに行くか?」
「え、いいの!?」
「まあ、初出勤祝いってことで」
「わあい!」
嬉しそうだな、俺の飯にはもう飽きたのか?
「どこ行く?」
「そうだな......」
モールに行けば色々あるから迷うことなく決められそうだけど、たまにはモール外のどこかに行ってみたいものだ。
「昼なんだし、適当な喫茶店でいいだろ。宣伝にもなるしな」
「そうだね、まだ結構残ってるから、ちょっとだけ先取りしちゃおっか!」
学校に貼る分は終わったが、学外に貼る分はまだこれからだ。なら行ける所だけでも、1枚でもはやく宣伝しておくか。
「だったら、今までメモった所の中のどこかにするか。って言ってもほとんど初めて行くところばっかりだよな」
一応琴実に新入生ライブの時にどこの店に行ったのか等々話を聞いてみて、ポスターを貼っても大丈夫な店をある程度教えてもらってはいる。
その中で昼に合いそうな店にでも行くとするか。
「こことかどうだ、昼はセットが安いみたいだけど」
スマホのマップ機能で店の詳細まで調べていると、出来るだけ安く済みそうな所を見つけられた。昼なんだからそこまで贅沢なもの食わなくたっていいだろうし。
「いいよ! 夏音と外食なんていつ振りだったかな~!」
一気にテンション上がったなこいつ、これから2人してバイトするというのに、打ち上げの時間にはどうなっているのやら......。
そんな後のことは放っておいて、いつもの笑顔になった音琶と共に再び歩き出した。




