打ち上げ、弾む会話
今日出演したバンドは全部で4組だったけど、鈴乃先輩達のバンドはその中で一番出来てないと断言できるほどだった。
きっとこの場に居る人たちはみんな同じ事を思っているんだろうな、他の3組のレベルが高すぎたってのもあるけど......。
「この後打ち上げがあります! 場所はここの近くの居酒屋予約してます、ここに居る人全員参加対象なので是非来て下さい!」
トリのバンドの演奏が全て終わり、スタッフが機材撤去に取りかかろうとしたとき、オーナーがアナウンスを始めた。
アナウンスと共に打ち上げに参加する者と帰る者で分かれ、参加しない人は次々と会場を後にしている。
うちの部員の大半は参加するみたいで、部長は帰る人の送り迎えに行くために外に出たけど、役目を終えたら参加するみたいだ。
ライブ終了後に打ち上げはつきもので、演者やスタッフ同士、最近だと観客の人も参加することができて、そこで親睦を深めながらお互いにお酒を飲んだり、その時の状況によっては朝まで話し込んだりすることもある。
私もバイトしていた頃は何度も参加していたけど、個性的な人が多くて楽しかった記憶がある。
当時16歳だったから勿論お酒は飲めなかったし、早めに上がらせてもらってたけど、私の分はオーナーがみんなに内緒で奢ってくれてたっけ。
「結羽歌、お疲れさま」
一通り撤去が終わり、スタッフ用の制服から普段着に着替え終わった結羽歌に声を掛けた。
「音琶ちゃん、大変だったよ」
結羽歌曰く、今日が初めてのイベントの仕事だったらしい、それまではスタジオの予約の確認やホール内の清掃をしていただとか。
まだ照明や音響の機械を使うには早いとのことだったから、今日はずっとドリンクの提供やチケットの回収、誘導をしていたみたいだけど、何しろ人が多かったから疲れたとのことだった。
「私も最初の時はすごい疲れたなあ、今日みたいな日は特に」
「うん、でも楽しかったよ。この後音琶ちゃんも打ち上げ行くよね?」
「......うーん、どうしようかな」
打ち上げともなると参加者の中に私のことを知っている人がいるかもしれない。
オーナーにも参加して欲しいって言われたけど正直乗り気じゃないかな......。
「音琶ちゃん、さっきオーナーと話してたよね。一緒に行こう?」
結羽歌はバイト始めてから初めての打ち上げらしく、期待に胸を膨らませている様に見えた。
私も最初はバンドマンの打ち上げ、というものが新鮮に感じられて毎回楽しみにしてたな、きっと結羽歌はあのときの私と同じ気持ちになってるはず。
「音琶! 打ち上げ行くよ!」
「え!?」
いつの間にか会場内は打ち上げ参加者だけにまとめられていて、後ろからオーナーが私に声を掛けていた。
「ほらほら、そこで立ち尽くしてないで、結羽歌も行くよ」
言われるがままに私は打ち上げに参加することになってしまった。
私の後に結羽歌が続いたけど、結羽歌は嬉しそうにしていた。
打ち上げ会場の居酒屋はライブハウスから歩いて5分くらいで、宴会用の席が用意されていた。
一通り全員が席に着くと、それぞれテーブルの前にグラスが置かれ、飲み物が注がれる。
お酒は勿論ソフトドリンクもあったから私は烏龍茶を頼んだ。結羽歌はレモンサワー頼んでたけど、この前みたいに潰れたらまた介護することにしよう。
全員分の飲み物が注がれたと同時に、オーナーが立ち上がった。
「今日は皆さんお疲れ様でした、おかげで良いライブになったと思います! 感謝の気持ちを込めて乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
オーナーの乾杯の合図と共にその場にいる全員がグラスを持ち上げた。
私の右隣には結羽歌、左隣にはオーナーがいるけど、夏音の姿が見当たらない。
「結羽歌、そういえば夏音は?」
「夏音君、お金無いから参加出来ないって、それで帰っちゃったよ」
「そっか......」
この前夏音は夜勤バイトしているって言ってたけど、よっぽどお金が無いのかな。
アンプの件もあるし、あまり生活に余裕がないのかもしれない。
それなのにこの前ほぼアポなしでタダ飯してもらっちゃった、悪いことしたな......、あの時はただ夏音に会いたくて軽い気持ちでしたことだったのに。
「へえ、音琶は夏音君と仲いいの?」
するとオーナーが興味深そうに聞いてきた。
「夏音と話したんですか?」
「話したよ、経験者なんだってね。てかあんなんだと忘れるわけ無いじゃん。最初見たときびっくりしたよ」
「やっぱり、洋美さんもそう思ってるんですね......」
「私バンドマンの顔は一度見たら忘れない自信あるけど、夏音君はまた別。一瞬出てきたのかと思ったもん」
「洋美さん、流石にその例えはないです」
「うん、ごめん。言い終わってからそう思った」
「相変わらずですね」
2年以上会ってなかったけど、本当にあの頃と変わってない、安心したと共に自分と比較してしまって後ろめたい気持ちにもなった。
「えっと、何のこと?」
横から結羽歌がレモンサワーを飲みながら目を丸くして尋ねてきた。
どうやら聞かれてたみたい、ごめん、今の話は知っている人以外には話せない。
だから話を逸らすことにする。
「そういえばさ、結羽歌はベースの調子どう?」
「え、うん。そうだな......、琴実ちゃんに勝負挑まれてから、弾き方とか前より工夫して、ちょっとはよくなったかな?」
件の彼女は打ち上げに参加していて、奥の席で今日の演者と会話を弾ませている。
「今度また結羽歌のベースみたいな。高島さんのベースに負けないベースをね」
「もう、音琶ちゃんは......」
「それくらい結羽歌に頑張って欲しいんだよ」
「うん......」
結羽歌の頬が少し赤くなったのがわかった。
それがお酒によるものなのか、恥じらいによるものなのかと考えたけど、後者であることを願う。
「そっか、二人は一緒にバンド組んでるんだね」
私と結羽歌の会話を聞いていたオーナーが聞いてくる。
バンドに関してはまだメンバーが全員決まってなくて練習すらできてないけど。
もう既に2組ほど結成しているらしく、練習も始めてるみたいだから私たちも早くしないと。
「はい、ドラムは夏音で、あとはリードギターが決まれば練習始められる状態です」
「音琶はギタボ?」
「はい」
「へえ! 頑張って」
「早いとこギター決めないといけないんですよね......」
「ふーん、じゃあ今日来てくれたギターの男の子とかいいんじゃない? まだ組んでないってさっき話したとき言ってたし」
「誰のことですか?」
確か1年生のギターの男子は3、4人ほど居るはずだけど、誰のこと言ってるんだろう。
「ほら、夏音君と一緒に来てたこだよ、武流君、とか言ったかな」
湯川か......、そういえば今ここに居ないな。
あいつはどうも好きになれない、話し方とか言葉の使い方がいちいち癇に障るというか、言い表すのは難しいけどとにかく嫌な感じがするのだ。
特に名前で呼ぶことに関してはやたらと敏感で、名字で呼ぶとしつこく名前で呼ぶように求めてくるし、掟に従ってるからとかそういう問題じゃ無い気がする。
「まあ、あんまり焦らず考えます」
バンドはやっぱり気が合うメンバーと組むのが最善だとは思う。だから即答はできなかった。
私の様子を見てオーナーが頭に疑問符を浮かべたような顔をしていた。




