後込、難しい二択
外はまだ暗いけど、そろそろ帰んないといけない時間よね。段々と眠気に襲われて、2人の話最後までしっかり聞ける自信が無い。
「......ってことなんだ」
一旦音琶が全て話、結羽歌も困った顔で相槌を打っていた。
にしても、今の話が本当なら、私にだって考えがあるわよ。
「ね、ねえ。音琶はどうして軽音部に居続けようって、思ってるのかしら......? 結羽歌も、どうして断った......の?」
思わず言ってしまった。だってそうよ、あんな所に居たってデメリットの方が多いし、軽音部を辞めた人達が発足した音楽同好会という場所がある事実が確認出来た以上、自分にとって居やすい場所を優先した方が身の安全にも繋がるじゃない。
今まで私はそのサークルの存在を知らなかったから軽音部に留まっていたけど、結羽歌とまた競えるなら一緒に音同に入ったって悪い話じゃない。なのにどうして2人は......?
「それは、私にも大きな願いがあって、夏音とも相談して軽音部の方で頑張っていこうってなったからだよ」
「わ、私も......、もう一度、音琶ちゃんとバンド組むために、今は練習して、いつかまたあの場所に戻れたらな......、なんて」
「それに、音同は部室が狭くて、ドラムセットを買えるほどの部費を持ち合わせてないみたいなんだよね。ギターとか個人で練習するならともかく、全体練習ともなるとライブハウスとかのスタジオ借りないといけなくなるし、部費が安くても結局はあんまりお金の事情も変わらないんだよ。その分幽霊部員が多いってのも問題みたいだし......。まああんな無駄な掟とか変な飲み会とかは無いって先輩は言ってたけどね」
「.........」
音琶の意見は経験者としての価値観かしら......。初心者である私は自分にとっての最善な環境を優先してしまうから、それぞれ思うところに違いが生じてしまうのね......。
別に音琶が間違っているってわけではないし、私が出した意見だって一理あるものだと思う。
「私達が頑張って、今のサークルの掟を変えてしまえば軽音部に居続けられる理由にもなるよ。機材があれだけ揃っている分、ちゃんと活用しないと勿体ない気がしてさ」
「......あとは、夏音もでしょう?」
「う、うん。夏音も、ドラムセットがない部室は必要ない、みたいなこと言ってたから。それに、私にずっと付いてくって」
「部室の問題とかよりも、そっちが大事なんじゃないの?」
「そ、そうかも。......ううん、そうだよ」
「最初から素直に言えばいいのに」
まあいいわ、だけど私はどうしたらいいかしらね......。
はっきり言って、音同に入った方がお金はともかく時間に困ることはなさそうだし、それだったら勉強する時間だってかなり確保できる。
前期の必修はなんとか全て合格出来たけど(再試あったけど)、後期は学祭なりクリスマスライブなりで今まで以上に忙しくなることが明白である。掟に縛られた場所で動くってことになると、まともに勉強する時間なんてあるのかしらね、実験レポートだって難しいのに。
正直迷っているわよ、どっちを取るべきか。
勿論鳴香や淳詩にだってその話はした方がいいのかもしれない。だけど、納得してくれるかしら?
特に鳴香には無理を言ってまた一緒にバンド組もうって話したばかりだし、聖奈先輩が音同のことをどう思っているかも知れない。
軽音部と音同って絶対、敵対関係にあるわよね。先輩達が音同の話をしているところなんて、見たことないし。
もしこのタイミングで私が音同に入ったら、みんなはどう思うかしら? 先輩達はともかく、1年生......、少なくとも私の味方をしてくれている人達は......。
「琴実ちゃん......」
考え込む私を結羽歌が心配そうな表情で見つめている。サークルを辞めたあなたが音同に入らず、音琶や夏音達のことを信じて待ち続けているのよね。だったら私がするべきことって......、
「ゆ、結羽歌! 私もあんたをサークルに取り戻してやるんだからね! もう一度ベースで競い合うためにも!」
言ってしまった、後戻りは出来ない。揺らぐ気持ちでどうにかなってしまいそうだけど、大切な人が私のことを信じているのなら、裏切ることは出来ない。
大切な人を選ぶか、最善な環境を選ぶか、とても難しい選択だということに変わりはない、でもここまで来てしまったからには、引き下がるわけにもいかないわね。
「琴実ちゃん......、私、いつでも待っているから、また一緒にライブ出来る日、ずっと待っているから!」
結羽歌の真っ直ぐな眼差しを見てしまった以上、私も何か行動起こさないとダメね......。
***
やっと終わった夜勤で疲れ切った身体が重い。まさか最後の出勤日にあいつらが来てくれるなんて思ってもいなかったけどな。
重い足取りでポストから鍵を取り出し、扉を開ける。どうせまた音琶が布団を占領しているんだろう、なんて思いながらリビングに向かい、辺りを見渡したが......、
「......あいつどこ行ってんだ......?」
音琶の姿がどこにも見えないことに疑問を感じたが、さっきから襲ってくる眠気には勝てなくて、俺の身体は倒れるようにベッドに吸い込まれていった。




