電ドラ、置いていったはずのもの
10月8日
今はまだ共にバンドを組んでいるわけではないが、いつも通り二人だけでセッションする時間を作って部室を借りている。
鳴香達と組んでいるバンドよりもこいつと音を重ねた方がよっぽど気が楽だし、ドラムだってずっと前よりも......、
「夏音、頑張ってるよね」
「それはいつものことだ」
「でも、何かこう、私と一緒に居るときだけは昔に戻れてるような感じがしなくもないような気がしてさ」
「音源通りにやってるだけだからな、音琶と合わせたらテンポが遅れてどうしようもない演奏になりそうだけど」
「そんなことないよ、だって、夏音はずっと私と一緒になろうと必死になってたんだから」
音琶とのセッションは何度目だろうか、ポスターの進捗は順調で、予定よりも早くキャンパス内に貼り尽くせるかもしれない。
何枚刷ればいいかは聞いてないが、あれだけ広い大学構内となれば30枚は固いだろうな。掲示板の数だけ貼らないといけないが、この大学にはいくつあっただろうか。
「お前とはここまでやってこれたんだ、必死にならないでどうする」
出会って半年、付き合って3ヶ月、信じられる二人だからこそ、不可能なんてないって思える。
だが、本来の目的が果たされてない以上、ここで立ち止まるわけにもいかない。未だに見つけられない『あの時』の演奏は、音琶との出会いをきっかけに取り戻すことが出来るのだろうか。
「本当に、素直じゃないんだから。いつもだったらこんなこと言わないくせに」
「うるせえな......」
音琶の前でなら正直な気持ちを伝えられる気がして、今に至る。
どうせならやれることを最大限に活かそうと思っているだけだ、俺だって遊びでふざけているわけではない。そうだよな?
「あれ? 二人だけ?」
セッションを繰り返すこと数回、扉が開いて現れたのは聖奈先輩だった。この人、最近新しいバンド組み始めて部室に来る時間増えたよな。
一応練習の大切さを理解している人ってことだけは認めてやっても良いかもな。
「まあ、そんなところです」
音琶が返事する前に俺が答える。特にこの人からアルハラだとかの嫌がらせを受けたことはないからな、4年もこのサークルに居る時点で警戒心は解けないけど。
「そっか~。申し訳ないんだけど、私も個人的に練習しないと学祭間に合わなそうだしさ、もし良かったら譲ってもらえないかな?」
「......」
音琶と目を合わせ、どうするべきか考え合う。だが、同棲している以上部屋の中でもセッションは出来ないことはない。
機材を使えないのは不満だが、学祭に向けて練習をしたいと言う人が居る以上、邪魔をするわけにもいかないだろう。
「いいですよ。俺らだってあくまで趣味みたいな感じでやってましたし」
「そっか、ありがと~」
先輩の機嫌を取るのも大事な役目になりつつある。鈴乃先輩の無念を無駄にしたくないし、どんな人なのかわからない聖奈先輩のことをもっと知っておく必要がある。
鳴香や琴実、淳詩と共に組むことになった人だし、ある程度1年生の性格やらその他諸々を把握しているかもしれない。味方だとは思わない方がいいのはわかっているが、どう対処すればいいのかは俺にもまだわからない。
「夏音、続きは部屋でかな」
「ああ......、ってかあんまその話ここでするなよ」
同棲していることを知っている人なんて結羽歌と琴実くらいか? もしかしたら鳴香も知っているかもしれないけど、先輩達が知ったら何かしらの対応をされるかもしれない。
あいつらのことだから俺と音琶の関係を疎ましく思っているだろうし、ましてや同棲しているなんてことを公にしてしまったら何を言われるかもわからない。
聖奈先輩は就活だとか研究室だとかでサークルに関わる時間が少ないこともあるから俺の中でも警戒心が低いのかもしれない。だけど茉弓先輩の例だってあるから油断なんて許されないのだ。
「取りあえずありがと、二人も早く一緒にバンド組めたらいいね~」
まるで過去に一度もバンド組んだことがないかのように聖奈先輩は言っていた。俺も音琶も、その言葉なんて全く受け入れてないかのように部室を後にし、帰るべき場所に向かっていた。
・・・・・・・・・
いつもの音琶と共に過ごしている部屋に戻る。聖奈先輩からは察しを受けたかもしれないが、そんなこと気にする間もなく俺は音琶を誘導していた。
「結局、続きはここですることになるんだね」
寂しさなんて感じられない、どこか嬉しそうな口調で話す音琶がそこに居た。
俺も嬉しかったのかもしれない、音琶と共に過ごしてきたこの部屋......、最初は血の繋がらない親から逃れる為に設けられた空間としか思ってなかったのに、いつか本当の家族となるかもしれない奴と過ごせてるんだから、やりたいことを好きなように成し遂げられるのは例え機材に恵まれた場所でなくても満足だった。
「もう一度、一緒にバンド組むためにもな。結羽歌だって、忘れてはいけないんだよ」
「そんなの、言われなくてもわかってるよ」
「音琶のギターなら、叶えられるはずだ」
「夏音のドラムも、だよ」
電子ドラムも他の機材も、全て実家に置いていってもう二度と触れたくない、そう思ったはずだった。壊すことも売ることも出来なかったのは、音琶のせいだったのかもしれないな。
いつの間にかこの部屋にはいつかの俺を取り戻すかのような、そんな情景が浮かび上がっていた。
「すまんな音琶、ここでも何とかして練習出来る環境、設けていたんだよ」
「うん、夏音はやっぱこうでないとね!」
親でもない赤の他人に頼み事をするのは屈辱以外の何物でもなかったが、音琶と心の拠り所を求めるにはこうするしかなかった。
「そしたら、続き始めよっか! 夏音の電ドラなら、いくらでもついていける気がするよ!」
全く、俺が赤の他人に頼み事をするなんてな、別にあいつらのことを認めたわけではないが、音琶と本当の家族になりたいという想いがそうさせたんだよな。
少しでも大切な人との時間を共有するためにもな。




