帰り、孤独からの解放
音琶が帰ってきたのは2時を過ぎた頃だった。
「ただいま~」
当然酔っているからただでさえ大きい声のトーンがいつもより大きくて、寝てる奴なら誰でも何事かと思わんばかりに起き上がっていただろう。
隣の部屋から壁ドンが来そうで心配だ。
部屋の電気がつき、暗闇が光に包まれたせいで目が痛い。何てことしやがる。
「ただいまだよ、夏音!」
「あ、あぁ。お帰り」
さっきまでの孤独が嘘のような騒がしさだ、深夜なんだから自重しろと言ってもこいつは聞かないんだろうな。酔ってるし。
「元気だな、ガキはもう寝る時間だろ」
「19歳は子供じゃないもん!」
「精神年齢は9歳だから子供だな」
「そんなことない! 身体も心も19歳!」
こうしてまた下らない会話をして時間が流れていく。これで朝起きれなくて授業間に合わなかったら洒落にならないな、グループ機能しているからまだいいけど。
「はいはい、とりあえずシャワー浴びろよ」
「もう結羽歌のとこで入ってきたからいいもん」
「あ、そうかい」
どうしてだろう、音琶が居るとこんなにも安心する。逆に、音琶が居ない日がいくらか続いたら俺はどうなってしまうのだろう。
「だからさ、歯磨きしたら一緒に寝ていいよね?」
「......いつもそうしてるだろ」
「うん!」
いつもの音琶、いつもの日常。それが戻ってきたように感じられた。
たった一晩俺の元に居なかっただけなのに、大袈裟だよな。
「そういえばさ......」
「どうしたんだよ」
「10月31の金曜日、市内で何があるか知ってる?」
音琶が日付に関する話をしてくるってことは、二人だけの思い出が新たに始まろうとしているってことでいいんだな、期待してるからな。
・・・・・・・・・
そして朝になる。
時計を見て溜息、案の定一限はとっくに終わっている時間だった。二限は急げば間に合うが、肝心の音琶は深い眠りについたままだった。
こいつの時間割、確か二限あったはずだけど無理矢理起こしてしまおうか、幸せそうに眠る少女の顔を見るだけで申し訳ない気持ちになる。
「.........」
いや、それとこれとは話が別だ。やらなくてはいけないことは最後まで、だしな。
「音琶、起きろ。何時だと思ってんだ」
やや強めに奴の身体を揺さぶり、途中で変な声が出ていた音琶だったが、暫くしたら目を覚ます。
「んん~......」
寝ぼけ眼だが可愛らしい声と仕草は相変わらず、冷たい水でも掛けてやろうかと思わなくもないが、俺にそんな趣味は無い。
「授業始まってんぞ、急げよ」
「う、うん......」
特に慌てる様子もなく、立ち上がると何の躊躇いも無く寝間着をはだける音琶。
「お前なぁ......」
「だって、眠いんだもん」
「わ、わかったよ! でも早くしろよな!」
見えてしまった柔肌を気にする余裕はあったが、俺も俺で急いで着替えて外に出た。音琶の手を取りながら。
「ほら、走れよ!」
二日酔いってほどでもないよな? 大丈夫だ、走れば10分も掛からずに辿り着ける、あともう少しで......、
「はぁ......、はぁ......」
肩で息を吐きながら、授業を受ける教室のある建物に着き、音琶と別れる。
「えっと、夏音。私はあっちだから」
「ああ、そうか。遠回りになっちまったな」
「ううん、大丈夫。気にしないで」
焦っていたから音琶の教室のことも考えずに走ってしまった。大幅なロスにならなければいいのだが......。
「それに私、別にここまで勉強頑張らなくても、いいんだし......」
最後の音琶の呟きは、俺に対して放ったものではなかった。
小さな声だったから、独り言のようなものだったのだろう。
だけど、俺にはしっかり聞こえていたし、その言葉が何を意味しているのか、全くわからなかった。
勉強頑張らなくてもいい......?
だったらお前はどうしてこんなレベルの高い大学に入ったんだ......?
そんな疑問が浮かんだが、自分と比較すると俺も大して人のこと言えるような立場じゃなかったから、教室に辿り着く頃にはすっかり忘れていた。
因みに、結羽歌は二限には居なかった。




