帰る、いつもの部屋へ
10月4日
どうやってこの部屋に戻ってきたんだっけ......。
すっかり外は明るくなって、辺りを見渡すと昨日まで居た場所とは違う風景が映し出されていた。
昨日とは違っても、私にとってかけがえのない場所で、大切な人と過ごした場所......。でもどうして私はこんなところで......。
僅かに痛む頭を押さえながら思い出そうとするけど、上手く記憶を繋げることができない。
「......!」
そんなことより夏音は!? 夏音は大丈夫なのかな? いや私が大丈夫じゃないんだけど、ちゃんと部屋に戻れているのかな?
慌ててスマホを探す。案の定貴重品は全てポーチに入れてたから無事だったけど、それを気にする余裕もないまま私はLINEや電話などの連絡が入ってないか確認に急いでいた。
すると......、
滝上夏音:はやく帰ってこい
一通だけ、夏音からこんなLINEが届いていた。電話は掛かってない。
「夏音......」
時間を見るともうすぐ午後になろうとしていた。今日バイトあるんだったよね、早く戻らないと間に合わなくなっちゃうよ! 急がないと!
・・・・・・・・・
私の部屋から夏音の部屋まで数分もかからない、夏音は知らないだけで私と夏音の部屋は向かい合わせのアパートにあるんだから。
出会って半年以上経っても気づかれてないってことは、私が隠すの上手ってことになるんだよね?
恐る恐るインターホンを鳴らして夏音の返事を待つ。間もなく奥から物音が聞こえて扉が開き、疲れ切った顔をした夏音が姿を現した。
「遅えぞ」
「た、ただいま」
「それよりも先に言うことあるんじゃねえのか?」
「うん、遅くなってごめんね」
「別に、無事ならそれでいい」
なんか夏音、機嫌悪い......? 昨日の飲み会で何があったのかはわからないけど、私と同じような目に遭ったのかな......?
それとも、ポスターのダメ出しを食らったのが効いているのかな......?
「何突っ立ってんだよ、早く入れ」
「う、うん」
「俺のことより自分の心配しろよ、お前さっきまでどこ行ってたんだよ」
ベッドの側面に寄りかかりながら夏音が質問してくる。今にも眠ってしまいそうな感じだけど、大丈夫かな?
「私の、部屋で......」
「......」
正直に答えたけど、それに対して夏音は何を思うか見当が付かない。怖い気持ちはあるけど、夏音に嘘は付きたくない、2ヶ月後に必ず話すことにもけじめを付けないと心に余裕が持てないもんね。
「まあいい、音琶が無事だったんだから、何よりだ」
「夏音、あのね、私......」
「今日バイトあるんだろ、だったらそっちの心配先にしろ、終わった後ならいくらでもお前の話聞いてやるからさ」
「そっか、そうだよね。私、頑張るよ!」
昨日の飲み会を引きずったところでお客さんは何も知らないんだし、ちゃんと切り替えないとダメだよ、多分今日は結羽歌だって居るんだし、心配掛けるような顔出来ないよね。
もう一度、夏音と結羽歌とバンド組むためにも、どんな過酷な状況でも諦めちゃダメなんだから!
「疲れてるから俺はもう少し寝るからな、飯は作ってあるから冷蔵庫から出して適当にチンして食ってくれ。あとポスターは言われたとこ修正しとくから、明日の午前中にでも話し合えれば......」
そう言い掛けて夏音は眠ってしまった。やっぱり夏音も相当無理な飲み会に参加してたんだな......、お疲れ様って言う前に、心配な気持ちが上乗せされて仕方ないよ......。
ベッドの上にある布団を取り出して夏音の全身に掛けてあげる。幸せそうと言うには程遠い、どこか辛そうで不安に溢れた寝顔。
見るだけでこっちまで胸の奥が締め付けられちゃうよ、まだまだ私達は始まったばかりなのに。
冷蔵庫に入ってある昼食を取り出し、夏音に言われた通りレンジで温めて食べたけど、なんか今までより味が薄く感じられた。
涙は出なかったけど、これからどうしようって不安が私の心を掻き立てていた。




