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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第21章 心の穴を埋めたい
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生活、今のままで居られるためにも

 ご飯を食べたら下書きの作業を再開する。

 夏音って創造性はなくても絵は上手いから、私が出した案をそのまま絵にしてもらうことにした。真ん中に私をモデルにしたイラストがあるのは恥ずかしいけど、きっと採用してもらえるよね?


「それにしても、夏音が図書館で勉強なんて珍しいね」


 私が部屋に戻っても夏音は居なくて、LINEをしたら図書館に居るって連絡が来ていた。普段ならミニテーブルでノートパソコンと向かい合いながらレポートを書いていたりするのに、今日やってたのはレポートとはまた違う、参考書を借りないと難しい内容の課題だったのかもしれないね。


「別に、課題はついでだ」

「そうなの?」


 割と遅い時間まで居た感じだったけど......、いつもなら五限まで授業があってもすぐに帰ってきてたし、課題以外の目的っていったら何だろう?


「求人票見ていたから」

「あ、そうなんだ......。って、え!?」

「言った通りの話だ。何故聞き返す」

「いやだって......」


 求人票ってことは、また新たにバイト始めるってこと? ただでさえ時間無さそうなのに掛け持ちなんてしたら身体壊しちゃうよ......。


「心配するな、今月分の給料考えれば来月までは持ち答えられる」

「えっと......」


 一瞬思考がフリーズしていたから勘違いしていたみたいだけど、もっと融通の利く所を探すってことでいいんだよね? 流石に掛け持ちなんてしないよね?


「今のバイト、辞めたんだ」

「辞めたというには早いけども」

「あと何回かで辞めるんだ」

「そうだよ」


 少し申し訳なさそうに声のトーンを下げながら夏音は答える。


「来月までには、必ず新しいバイト探すから」

「そっか......」


 でも、夜勤って大変だよね......。部活動してなかったり、夜間の人だったら問題ないかもしれないけど、あれだけ拘束されるサークルに入っていて時間に余裕がない以上、自分の生活習慣を見直しても悪いことはないと思う。

 それに夏音が夜勤を始めたのは、アンプの弁償代をなるべく早く払うために咄嗟に決めたことだったから、後のことはあんまり考えてなかったってのもあるよね。

 夏音って結構目の前のことしか考えてない所あるから、たまに心配になることがあるんだもん。


 ううん、たまにどころじゃない。結構な頻度で目が離せなくなるくらい心配になっちゃうよ。


「どうしたんだよ、そんなに金が心配か?」

「そ、そんなんじゃないもん!」

「そうだよな、音琶はいざとなればお金持ちのお父様に強請れるもんな」

「えっと......、うん......」


 夏音......、それはちょっと、違うかな。

 全てを話してない私が悪いのはわかっている。でもね、お父さんだってギリギリなんだよ。


 私が生まれたときからずっと、私の病気を何とかしようとして、治療費を費やしていて、それでも足りないからバンド活動を頑張って、奇跡的に大ヒットしてお金を手に入れて、それでも私と和兄の生活に負担が掛からないようにってことで稼いだなけなしのお金をほとんど私達に与えてくれて......。

 せめてお父さんにはギリギリの生活を送って欲しくないし、親孝行だってしたいからこうしてバイトを再開する決意だって出来た。

 結羽歌がアンプ壊したお陰、なんてわけじゃないけど、バイトを再び始めるきっかけになったし、辛くて一度辞めた所でこんなにも楽しく働けるのは、結果的に良いことだって思えるんだよ。


 勿論、お父さんにはバイト頑張ってお金稼いでるって連絡してるし、仕送りは減らしてお父さんの生活がより一層楽しくなることを願っている。

 無理するなって言われたけど、無理しないと親孝行なんて出来ないもん、それに今の間しか出来ないことかもしれないんだし......。


「目立てるバンドマンなんてほんの一握りでしかないというのにな、それでも天下を取れた音琶の父さんは素晴らしい人だよな。俺もあの人のドラムに憧れて始めたわけだし、まさか憧れの存在の血を引く奴の彼氏になれるなんて夢にも思ってなかったし」

「......」

「俺がドラム始めたのも、たまたまテレビで見たからで、俺もあんな風になってみたいって子供ながらに思ったからでだな......」


 さっきまでの夏音の言ってたことが信じられない位、私は嬉しくなっていた。

 全然話してくれなかったじゃん、何がきっかけでドラム始めたとかなんて......、まさかお父さんの演奏が夏音の始まりだったなんて、初めて知ったことでも嬉しくて涙が出ちゃうよ......。


「夏音......」


 名前を呼ぶだけで涙が止まらない。泣き虫なのは私の悪い癖だけど、大事なお父さんの話になって夏音にとっても外せないことで......。


「な、何泣いてんだよ。俺なんか音琶の気に障ること言ったか?」


 不意に出てきた私の涙に動揺したのか、夏音が両手をあたふたさせて戸惑っていた。初めて会った時はこんな感情的になってなかった夏音なのに、私と出会ってから一気に可愛くなったよね。

 泣いてるのに笑っちゃいそうで、何か変な感じ。


「ううん、なんか嬉しくて......」

「どうしたんだよ本当に」

「色々思い出しちゃって......」

「そうかよ、音琶に何があったかは知らねえけど、音琶が何か抱えてて辛い想いしていたってことは伝わってるからな」


 下書きの紙が涙で滲んでしまわないように夏音はそっと身体を抱き寄せてくれて、頭まで撫でてもらった。


「もし良かったらだけど、音琶に何があったか話してくれないか? もうそろそろ、話してくれてもいいだろ」


 夏音が私の事を知りたいって気持ちが積み重なって、それがようやく解放されてるってことでいいのかな? でも、今から話すと長くなるってのもあるし、心準備だって出来てるわけじゃない。

 だって私は、和兄の命日に全て話そうって思ってるんだし......。それまでは、言える勇気がないよ......。


「......3ヶ月後には、必ず話すから、それまで待ってもらっても、いいかな?」


 私の中の心の準備、それが完成するのは、3ヶ月後。

 夏音に全て話したら、どんな反応されるかな。ちょっとどころかかなり怖いけどこれも私に与えられた使命、来るときは来るんだから逃げちゃダメなんだ。


「その時になったら、音琶の言えなかったことが、わかるんだよな?」


 真っ直ぐな瞳で私を見つめる夏音。今まで誤魔化し続けてきたことをようやく話す時が来るってことを感じるだけで、心臓の鼓動が五月蠅いくらいに鳴っていて頭が痛くなりそう。


「うん、その時になれば、言えるから......!」


 心に決めたこと。

 不意打ちで伝えるよりも、いつ言うのかを決めることで、これからどうしたらいいのかも定められる気がしてきた。


 絶対に、逃げたりはしない。大切な人と決めた約束は、何が何でも守りたいんだもん、最高のバンドだって組んで、それから......、


 私の視界は、再び涙で滲んでいった。

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