企み、それは誤解に過ぎない
9月28日
夜勤から戻ってきて、重い足取りで部屋に辿り着く。店長とは相談したし、こうして眠気と闘う日々とはおさらば出来るだろう。これからのことを考えたら最前の決断だろう。
すまんな、音琶。
ベッドという名の楽園を思い浮かべながら扉を開け、そのままリビングに向かおうとした時......。
「......は?」
「聞きたいことが山ほどあるんだけど!」
何故か音琶が玄関の前で仁王立ちしていた。
「いや、眠いんだけど」
「誤魔化さないで!夏音、何か企んでいるんでしょ!?」
「何のことだよ」
いくら彼女とはいえ睡眠の妨害をされては困るし、音琶の横をすり抜けて勢いよくベッドへとダイブした。それから3秒も経たない内に俺は眠りの世界へと引きずり込まれていった。
「ちょっと、夏音!何勝手に寝てんの!?夏音!?」
音琶の声が聞こえた気がしたが、目を閉じた瞬間そんなこともどうでもよくなるくらい俺は疲れていた。次起きるときにはちゃんとお前の話聞いてやるから、待ってくれよ。
午後3時
次に目が覚める時が来たんだから、音琶の話を聞いてもいいというのに、奴は俺の腕を掴みながらすやすやと眠っている。わずかに酒のにおいがしたが、ライブハウスの打ち上げに参加したんだろうな。
起きたらすぐに歯磨きしてもらうからな。勿論シャワーも浴びてもらう。ってか、それは俺にも言える話だよな。
にしても、今のバイトを辞めるとしたら、次は何のバイトを始めようか。次は出来れば遅くならないバイトがいい、勿論それなりに稼げて、サークルの事情を考えてくれる都合のいいバイトが......、
そんなバイトあるわけないよな。来週限りで辞めることにはなるけど、その後のことを考えるとどうすればいいのか検討もつかない。
今日は特に何も無かったはずだが、ポスター作りの続きをしなければならない。早いとこ取りかかっておかないと間に合わなくなりそうだからこういう日に進めるのが正しい判断だ。
その前に一度シャワーを浴びるために浴室に行って疲れごと流すとするか。
温水が全身を伝う。ベタついてた髪も汗に塗れた身体も何もかも全て洗い流すのは気持ちのいいものだ。いつか音琶とも一緒に浴びても悪い気はしないが、この前したことと比べたらどっちが異常な考えなのだろうか。
いや別にこの前のことは人間の本能だから恥じることではない。当たり前のことをして何が悪いって話だ。だとしたら今の考えはやっぱり......、
「......」
頭からシャワーを浴びたまま俺は思考を巡らせるが、今音琶は寝ているわけだし、いつかは言ってみるだけ言ってみてもいいかもな。それくらいの理性は持つはずだ。
それから暫くしてリビングに戻り、音琶の様子を窺うと奴はまだ眠ったままだった。にしても、こいつ寝顔も可愛いよな、柔らかな頬や唇、今すぐにも抱きたくなるような肢体。何もかも全てが魅力的な少女を起こすのも勿体ないくらいだから、起きるまで待ってやることにした。それまでにポスターの下書き済ませてしまおうか、起きたら音琶の意見ももらうけどな。
・・・・・・・・・
「んぅ~......」
夕方になってようやく音琶が身体を起こす。右手で目元を擦りながら可愛らしい声を出し、俺の姿を探すかのように辺りを見回し、やがて視線が合ったら俺に一言掛ける。
「あ......、れ?私、寝ちゃってて......」
寝ぼけているのかどうなのかは分からないが、お目覚めになった眠り姫は正常だということが認識された。
「寝てたよ、こんな感じにな」
「ちょっ......!それ......!!」
音琶が寝ている間に俺は奴の寝顔を写真に収めていた。それを音琶に見せると、顔を真っ赤にして俺のスマホを取ろうと必死に腕を伸ばす。
「いつまでたっても起きないから、我慢出来ずに撮ったんだよ」
「は、恥ずかしいから、消してよ!」
「なんでだよ、お前の可愛い写真を消すなんて勿体ないに超したことはない」
「そ、それは......」
悔しそうな表情をしながらも音琶はどこか嬉しそうだった。どこまで可愛いんだよこいつ、今すぐにでも抱きしめてやりたい。
「そ、そんなことより!!」
戸惑いながらも上手く話題を逸らしたって所だろうか。こいつも朝方の件で本題に早く入りたいのだろう。何を聞かれるのか想定も出来ないが、聞くだけ聞いてやろうではないか。
「夏音は、宮戸響先輩とどういった関係なの!?」
.........。
は?
いや、どういうことだよ。俺と響先輩って言ったらバイトの先輩後輩の関係だが。あの人もバンドマンだからいずれXYLOで音琶に遭うことになるだろうと思っていたが、何故こうも音琶は説教じみた口調で話してる?
「夏音、あの人と変な事企んでるんでしょ!?正直に言ったら怒らないから言って!」
「......」
どうやら昨日、音琶は響先輩と会ったんだな、ライブハウスで。
でもだな、会っただけで何故俺まで巻き込まれないといけない。まさかあの人、音琶の気に障るようなこと言ったのか?
「何か誤解しているみたいだが」
「誤解じゃないもん!宮戸先輩、夏音のこと知ってた!しかも私と結羽歌を音楽......、同好会?ってサークルに誘ってきたんだもん!」
「......まあ落ち着け」
どうせまた音琶の勘違いだ。響先輩にも原因はあるが、俺があの人ととの関係を説明したらこいつも納得してくれるだろう。
「む......」
頬を膨らませながらも何とか音琶は落ち着き、俺が口を開くと話を聞いてくれる姿勢になっていた。




