悲劇、それさえ変えてしまいたい
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当たり前に続くはずだった日常、いつも近くに居てくれることが当たり前だと思っていた人、かけがえのない決して戻らない時間。
いつかは必ず終わる、仲間と居れる日々。
永遠に続く物事なんて存在しない。それでも、今が大切なのは、積み上げてきたモノに意味があったから。
決して崩してはいけないモノ、大切な日々が幕を閉じたとしても、記録として残すことが出来る。だから俺は、今日までの出来事をより高く積み上げていきたい。
「体調の方はもう大丈夫なのかよ」
午前の授業を全て終え、今日は珍しく4人で学食に来ていた。本来なら音琶に昼食を作ってやらなきゃいけないのだが、電話で事情を話すと理解してもらえた。それだけ結羽歌が心配なのだろう、だが学校に来た話を聞いた途端あいつの声色は明るくなり、安心しながら喜んでいる様子が垣間見えた。
「うん、もう、大丈夫。心配掛けて、ごめんね」
「全く、琴実にもしっかり謝っとけよ」
「う......、うん。琴実ちゃんには、特に......、ね」
不意に琴実の名前を出したからだろう、結羽歌は俯きだし、さっきまで箸を動かしていた右手が止まった。
「ああ、すまんな。でもまあ、焦る必要はないか」
「心の準備が出来たら......、謝りにいくよ」
それがいつになるのかはわからない。でも、奴の意思は固く、嘘はついてない。いつか必ず、言わなければいけないことは言いたい、そんな想いが結羽歌にはあった。
日高と立川には、今日結羽歌が来る前にサークルの大まかな話はしている。負担は掛けないようにしたつもりだったのだが、真っ先に俺が決意に反することを言ってしまったな。
因みに、結羽歌が日高に片思いしていたことは言ってない。正直言うべきかどうか迷ったが、言った所で良い結果に繋がるとは思えなかったからやめた。立川だって結羽歌と関わり辛くなるかもしれないし、当たり前のメンバーがバラバラになることを俺は恐れていた。
全く、本当に俺はどうしてこうなってしまったんだろうな。
いや、元から俺はこんな人間だったはずなのだ。
「あと、私......、ベースはまだ続けられるから......!だから、応援してくれると、嬉しいな......」
迷いのない表情で結羽歌は言った。こいつの意思はやはり固かった。サークルから離れても、ベースを手放すこととは繋がらない。
一度全てを捨てた俺よりも、結羽歌の方がずっとしっかりしていたのだ。
「これもまた青春ってやつだな」
不意に日高が呟く。お前本当にその言葉好きだよな。最早言いたいだけじゃないのかと疑ってしまうくらいだ。
「何言ってんだよ」
「俺もサークル辞めた身だからわかるよ。逃げることって、別に悪いことじゃないってな」
「日高......」
「また新しいものを探すチャンスが与えられたってことだろ、俺はそんな結羽歌が羨ましいし、まだ何も見つけれてない俺は少し焦ってる」
「......」
結羽歌がああなったのはお前にも原因あるんだからな、と言いたくなったが、別にこいつが何か悪いことしたわけではないから、責めることは出来ない。
結局、今回の件は誰も悪くなかった。たまたま運が悪かったのだ。
そんなことで済ませていいのかと思われるかもしれないが、結羽歌が下した決断によって俺もやらなくてはいけないことがまた一つ増えた。
それは......、
「3人とも!早く食べないと三限始まっちゃうよ!今日は四限まであるんだから気抜くんじゃないよ~!」
真っ先に食い終えた立川が俺らに合図を出す。確かに、あと15分もしないうちに次の講義が始まるな。話していると時間の流れがわからなくなる癖は健在だった。
「とにかく、良かったよ」
立川に催促された後、日高はそう言って急ぎ気味に箸を動かし出した。俺もそれに続き、これからどのような未来が待ち受けているのかを考えながら昼食を胃袋に運んでいった。
・・・・・・・・・
「そっか~、結羽歌元気そうだったんだ」
「まあな」
「私の提案が大成功になるなんて、やっぱり私が天才だからだね!」
「安心しろ、お前が天才だったらこの世の人間みんな大天才だ」
「むう~!」
音琶に対し口ではこう言っているが、正直こいつには感謝しかない。実羽歌に助けを求めなければ今日も結羽歌は来なかっただろう。
姉妹でどんな会話をしたのかは知らないし、結羽歌から聞き出そうとは思わないが、上手く行ったという事実は揺るがない。だが......、
「これで一件落着ってわけではないんだよな」
あくまで今回の件は序章に過ぎない。これまで幾度となく続けてきた冒険に終わりが見えないのと同じように、一つの成功で全てが終わるというわけではない。
これから俺や音琶がしようとしていること、それは......、
「うん、結羽歌がサークルに戻って、もう一度バンド組んで、最高のライブをするまではね」
掟上、一度辞めたら戻ることは出来ない。現段階では不可能な話だ。だが、掟のルールが毎年毎年同じというわけではないだろう。
いくらクソみたいな人格を持っている奴らでも、試行錯誤しながらあの無駄な資料を創り上げたという事実は皮肉なことに変わらない。だったら、俺らも試行錯誤しながらルールというものを変えることは出来るはずだ。
それに、結羽歌はベースは辞めないと言っていた。希望はまだ見える、努力が報われる日がいつか来ることを信じて、立ち向かわなければならない。
「まだまだ諦めるのは早いんだからね」
「俺が諦めるとでも思ったか」
「ううん、夏音を信じてるから、そんなこと絶対ないって自信持って言えるよ!」
「......何て言うか、お前で本当に良かったって、俺も自信持って言える」
そう言いながら、俺は音琶の頭を撫でていた。
当たり前だった日々に突如訪れた悲劇。だが、それを悲劇で終わらせていいのだろうか。
何とかしようと言う気持ちと、それに伴う行動が出来れば、悲劇もハッピーエンドで終わる。
俺はそうなってくれると信じている。
報われる日は、いつか必ずやってくるはずだから。




