可能性、信じられる分だけ
夏休みで終わるはずだった景色は終わりの見えないまま続く。
好きな奴と同じ空間で過ごすだけで満たされるし、こいつだけは何があっても手放したくない。永遠に続けていきたい。
「ご飯は2日振りかな?美味しくてほっぺた落ちちゃうよ~」
「それは何よりだな」
「味噌汁の隠し味って何?今度私も作ってみたいな」
「特に何も。普通に出汁入れて具材入れて味噌入れてるだけだ」
「そんな適当な説明でここまで美味しいのは出来ないと思うけど~?」
口角を上げながら箸を動かし、味噌汁の入ったお椀に口を付ける音琶。本来なら今日は一人で食べるはずだった夕飯だったが、音琶が居てくれるからいつもより美味く感じることができた。
「そうかもな」
飯なんて何年も前から作ってきたんだから、今更不味いものが出てくる事なんてない。それでも、こいつから美味いと言われるのは嬉しかった。
もし俺が炊事の出来ない人間だったら、音琶は今もここに居てくれただろうか。そんな疑問を抱えつつも俺は黙々と箸を動かし続けていた。
・・・・・・・・・
「ねえ」
「どうした」
飯を食い終え、片付けも終え、これからシャワーを浴びようと思っていた矢先、音琶が俺を呼び止めた。何だよ、一緒に入りたいのか?
「今日、学校、どうだった?」
さっきまでの笑顔と一変して、何かを気に掛けるような表情で音琶は聞いてきた。
「別に、普通だ」
「本当に、普通だった?いつも通りだった?」
「......」
こいつが何を言いたいのかはわかっている。何を心配してこんなことを聞いているのか、どうしても確かめたかったんだろう。
俺だって直接聞ければどれだけ楽だったか。だが、奴は姿を現さなかった。これが全ての結果だ。
「......すまんな、いつもと全然違った」
これが俺の答え。いつも居るべき奴が居なかった。それだけで、当たり前の日々が変わってしまった。
「そっか......」
音琶は期待していたのだろう。そんな淡い期待も砕かれ、ますます表情が曇る。
LINEを開けば『池田結羽歌が退会しました』の文字が刻まれている。その文字がこれから何を物語るのか、このままだと何も始まらないのはわかっている。
結羽歌とは、サークルだけの付き合いではないのだから。
「音琶は、返事来たのか?」
「ううん、来てない。琴実も同じみたい」
「だよな」
もうこれ以上奴を説得出来る相手は居ないだろう。これはもう、本当に結羽歌次第なのだ。手に負えなければ、本人の意思が全てを決める。それに、こっちだって誰かの心配をするより、自分自身を優先しないと先を急ぐ者達に追いつけなくなってしまう。
だったらいっそのこと、何事も無かったかのように毎日を過ごすしかない。
「結羽歌には悪いが、諦めるしかないのかもしれないな」
俺のこの発言は正しかったのだろうか。間違った所があっただろうか。薄情だっただろうか。それとも、奴の気を遣わずに済む言葉だったのだろうか。
いずれにしても、何が正解なのかは後になって考えても分からないだろう。
「......ねえ夏音。最後のチャンスかもしれないけど......」
「......?」
まだ何か企んでいるのか?諦めが悪いのは良く知っていることだが、解決策が思いつかない以上誰かを傷つける行為は止した方が良いはずだ。
「実羽歌は、このこと知ってるのかな......?」
「......」
全く、お前は本当に諦めが悪い奴だな。
「ほ、ほら!友達は駄目でも、家族なら、少しでも何か変えれるんじゃないかって、思ったんだよ!」
「落ち着けって」
テンパって噛みそうになる音琶を宥め、一呼吸置いて奴は続ける。
「サークルは掟上、一度辞めたら再入部は出来ないことになっている。それが許されなくても、学校に行くチャンスは残っている。勿論、私達が頑張って掟の内容を変えることが出来たら、その時はまた結羽歌を呼び戻せるはずだよ。学生の本分は勉強なんだから、まずは学校に行かせるのが大前提だよ!」
焦りつつも最後まで言い終えた音琶。奴の口から家族という言葉が出てきて俺は少し怯えたが、それでも、恵まれた家庭で育った結羽歌のことだ。大切な人から励まされたら、閉ざされた心が再び開かれるかもしれない。誰かを利用するようなことになるのかもしれないが、それだけ音琶は結羽歌のことが心配で、大切なのだろう。
「やらないで後悔するよりも、って話だよな」
「うん!やってみないとどうなるかわかんないよ!」
勿論俺も結羽歌のことを大切だと思っている。大切な人と呼べる奴なんて、一人だけじゃなくていいんだからな。




