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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第20章 RAINY NOTES
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説教、音琶の真意


「はぁ......」


 最低に疲れる時間がようやく終わり、リハから本番までの空き時間が設けられることになった。大抵のライブはOPENからSTARTまで30分の時間が与えられる。

 今回は客が居ないにしても本番を見据えてのライブだから、押していたとしてもマニュアル通りのライブが必要とされる。俺にとっての休憩時間はまさに今なのかもしれないな。正直PAに演者に疲れが溜って仕方がない。

 そんな中......、


「夏音!」


 聞き慣れたやかましい声が俺を呼んでいた。全く、今回はどんな文句が飛んでくるのか、と思いもしたが、リハの間までの様子がおかしかったからこうなることも想定済みだ。話くらいは聞いてやるけど、俺は今そんなに機嫌がいいわけではないからそこは考えてくれよ。


「どうしたんだよ」

「いいから!来て!」

「いや、ちょっと待てよ......」


 だが、俺の頼みも儚く散り、音琶に腕を掴まれ外に出される。あのな、いくら休憩もどきの時間だからってお前トップバッターでもあるだろ、少しは時間に対する余裕ってものを感じ取ってほしいものである。

 全く、俺に対して文句があると目の前のことすら忘れてしまう。それが音琶の癖だが、それは俺以外の奴にはしない。

 こいつはどこまで俺を退屈させないのか。切羽詰まった状況でも空気を読まない辺り、それほど俺のことが心配なのだろうな。


 音琶に引っ張られて階段を駆け上がり、薄暗くなった外の世界に投げ出される。もうすぐ10月だから肌寒くなっているというのに、こんな薄着で寒くないのか音琶よ。いくらなんでもこれは心配になる。


「夏音、あのPAは何!?」


 ああ、始まった。音琶の説教ってやつが始まった。まるで俺のドラムを大学に入ってから見た時と同じような反応でだ。


「別に、PAなんて演ってる側が聴きやすい操作できてればいいだろ。そもそも俺の担当ではないしな」

「それはそうかもだけど!淳詩だって初心者で慣れてないとこいっぱいあるはずでしょ!?それなのに教えてあげようって気はないの!?」

「ないわけではねえよ。でもな、俺が何とかしないともっと押してたかもしれないだろ」


 頬を膨らませて俺にこれでもかというほどの文句を投げつける音琶だが、理想と結果では大きな違いが生じることをよく理解してくれてたみたいで、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら俺に返す。


「た、確かに夏音は知識あってすごいと思うけど、でも、誰かと協力しようって意思は全然伝わってこないから、私以外ももっと信用してもいいと思うんだよ!」

「いやだからな、あれは俺がどうにかしておかないと......」

「言い訳は無し!」

「......」


 上川音琶という少女に俺を正当化させる言い訳は通用しないのは前から分かっていた。だが、少しは理解してほしい。

 俺だって一生懸命だったってことを。でも、時間が押してしまった以上正当化の余地も無い。


「夏音は確かに正しいPAをやろうと頑張ってはいたよ!でも、淳詩の事情とかなんにも考えてなかった!」

「......」

「私はそんな優しくない夏音は認めたくない。誰に対しても優しい夏音なんだから、あんなのは有り得ないよ......。独りよがりで頑張って良い結果になるかもしれないけど、これはみんなで創り上げるライブなんだから、そこは意識して欲しいよ......」


 何言ってんだこいつ。前まで先輩の文句しか言ってなかったのに、俺以外の奴らにもしっかりした音楽を求めてるのかよ。どれだけ勝手な奴なんだか。

 でも、音琶がどれだけ本気なのかは出会った当初から理解している。俺だって音琶のことが好きだし、この世界で誰よりも愛している。

 愛している女の子の言葉を無視なんてしたくない。どんな不満でも受け止めたい。そして奴を最期まで愛したい。

 だから俺は......、


「ふぇっ......!?」


 無意識に音琶の可愛らしいツインテールを両手で掴み、平行に引っ張る。不意にされたことに驚き、音琶は素っ頓狂な声を挙げたが、すぐに顔を赤くして俯きだした。


「もう、何してんのさ......」

「別に、お前の可愛い髪を触りたくなっただけだ」

「何それ......」


 呆れたような、それでも少し安心したような、そんな表情で答える音琶。俺は音琶を安心させるためにこんなことをしたわけではない。


「いいよ、俺だって理想とするPAを求めすぎて自分のことで精一杯だったのは認める。だけどな......」

「自分だけが満足するPAなんて認められない、それでいいんだよね?」


 未だに柔らかな頬を膨らませる音琶は、俺よりも先に言葉を発する。俺だってそんなのわかってんだよ、でもな、失敗したら後には戻れねえんだよ。もう既に失敗してんだけどな。


「......そうだよ」


 正直な想いを音琶に伝える。だが、音琶は恥ずかしそうに俯きながら言葉を発しようとしない。


「......そっか」


 髪を引っ張られたまま音琶は抵抗もなく俺の言葉に頷く。何だよお前、いつもの威勢は昨日の夜で切れてしまったのか?俺はまだ大丈夫だというのに、情けないやつめ。


「今日のライブが上手く行く保証はどこにもない。でもな、俺も、音琶も、PAもそうだけど、頑張ってる奴の頑張りに掛かってるんだよ。まだ手遅れじゃない」

「うん......」

「取りあえず今日が終わるまでは、我慢してくれないか。終わってからなら、いくらでも文句は聞くし、音琶を否定する気は全くない」

「そっか」

「安心しろ、練習した分は本番で返すって約束したからな」


 約束は守りたい。音琶だって俺の音が良くなってるって言ってくれた。なら、きっと今日のこれからの演奏だって少しは認めてくれるはずだ。


「我儘だな、夏音は」

「お前に言われたくねえよ」

「そうだね、私も夏音に我儘放題だったもんね」

「その我儘が俺にとって欠かせないものになってはいるけどな」


 音琶にそう言われてようやく手を離す。音琶の長い髪が下がり、いつもの体勢に戻る。


「期待するかしないかは、お前次第だ。押してはいるけど、切り替えたい」

「それは、私も同じだよ」

「ならいい」


 音琶の説教が終わり、再びライブハウス内へと戻っていく。薄暗い外からさらに暗い中に入っていき、これから事が始まることを現しているかのような空気に包まれた。


「頑張ろうね!」


 後ろから長い髪を靡かせながら音琶は言い放った。その笑顔も、この過酷な現状を感じさせないものだったが、俺は安心出来なかった。

 音琶は大事だが、これから待ち受けるライブも適当に済ませられる話じゃないってことくらい、音琶も把握しているはずだ。


 不満、不安、苛立ち。そのすべてが俺らを待ち受けても切り替えないと未来も良い結果にはならない。

 過去ばかり引きずってると良いライブも出来ないってことを俺は学んだ。

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