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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第20章 RAINY NOTES
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ノイズ、簡単なことも出来ない奴ら

 まだ本番じゃないのになぜ俺はこんなに疲れているのか。夏休みがもうすぐ終わってしまうことに後ろめたさを感じているわけでもなく、ただ単に思い通りに事が進んでいないことに苛ついていた。

 思ったことが現実になるわけないなんてことくらい、何年も前から学んできたことだったが、今感じている苛立ちは過去のものとはかけ離れた、まだ体験したことのない種類のものだ。


 さっきは淳詩に任せるようなことは言ったが、これからどんな事件が起こるのかは予言出来ていた。まずここ数日ずっと様子のおかしい結羽歌が準備に戸惑う。常に情緒不安定な奴がこんなんだと演奏に向き合うことが出来なくて、まともな行動をするのも夢のまた夢......。

 何があったかは知らないが、せめてこういう場では切り替えて欲しいものである。......俺が言えたことでもないかもな。


 そして肝心の音琶だ。平和ボケしている湯川はどうせいつも通りだから放っておいて良しとするが、音琶もどこか不機嫌に見える。

 俺何かしたか?練習の時でも本番でもいつもなら俺にアイコンタクト取ってきて微笑んでくるのに今日はそれがない。ただ黙々と自分の機材を並べてはシールドを繋げている。

 音琶の水色の服が眩しい。もうこいつ自身が照明でいいのではないかと思ってしまうくらいだが、恐らく奴は俺の視線に気づいていない。こういう何気ない仕草の違いで相手の感情が読めてしまうから、リハが終わった後音琶に直接話しかけてみるしかないな。観客を入れることを想定してのライブだから、リハ終了後にすぐ本番になるわけではないし、その間に聞き出す余裕は全然ある。

 どうせまたしょうもないことを説教するのだろうけど、今回はいったいどんな暴言が飛んでくるのか......。世話が焼けるし、余計に疲れるが、それは別に演奏に支障を来す領域ではない。


「全く......」


 あとの問題はPAだな、既にマイクのハウりは俺と音琶で何とかしたからいいものの、淳詩1人だとリハ前の音作りの段階まで戻らなければいけないくらいやらかす可能性だってある。

 この際俺だけでも奴に意見を出さないっていう作戦も考えたが、それはバンドマンとして有り得ないことだ。基本俺は些細な音ズレや大きさに違和感があったらすぐにPAに意見を投げるしな。だから例え誰が操作してようがいつも通りのやり方でやらせてもらう。こっちはあくまでお客様としての立場だからな。


 メンバー全員の準備が整ったら、予め合わせたい場所を演奏し、音を聴き分けていく。指定された時間内に音の大きさや雰囲気、強弱を調整してもらう。

 相手の経験が浅いなんて関係無い、言いたいことははっきり言わせてもらうからな。


 ・・・・・・・・・


「......」


 本番はとっくに始まっているはずだった。だが、想定外の機材トラブルが発生し、30分以上も押している。

 最初の10分は好調だった。淳詩もぎこちなかったが、俺や音琶の意見をしっかり聞いて結果に繋げていた。その時までは俺もどこか気を緩めていたのかもしれない。残り半分、何事もなく上手く進む。そう思い込んでいた。


 今までの俺は良くないことしか想定できない人間だったから、張り詰めた心持ちでライブに挑んでいた。だが、最近の俺はどうもそういった感情にはなってなかった。

 大切なモノが出来て浮かれていた。それが全てだ。


 後半から漏れ出すノイズ。アンプの奥から聴こえてきて、意見を出してミキサーを動かす度にそれはどんどん大きくなっていく。

 最初の10分の時点で俺が急いでPA側に廻ってれば元に戻すことは出来たかもしれない。だが、そうしなかった。淳詩がノイズに気づいていると勝手に思い込んでいたのだ。きっとその場に居た奴らは皆気づいていたはずだ。


 だが、誰も何も言わなかった。何もかも全て、PA任せだった。ギターを弾く度に耳を突く大きな音が鳴っていたというのに、誰も指示しなかった。慌てた淳詩がミキサーを急いで調整したがためにさらに事が大きくなっていった。その段階でようやく俺はスローンから立ち上がり、卓に向かった。

 あと一歩間違えれば、手遅れだったかもしれない。もしそうなったら、ライブどころの話ではなくなる。結局元に戻るまでに莫大な時間を掛けることになった。

 時間と金は同等の価値を持つと言われている。だが、そんな理論この世界では通用しない。勿論どちらも犠牲にすることは出来ないが、俺らにはそのどちらかを手放す覚悟が与えられている。

 覚悟を決めたところで、もう二度と取り戻すことの出来ない代物だけどな。


 今は音琶と琴実が組んだ4人組バンドのリハになったが、淳詩はすっかり責任を感じて固まってしまい、今は俺が全ての操作を行っている。

 これは誰のせいなのか。一般論なら淳詩の責任として処理されるだろうけど、果たしてそうなのだろうか。俺だって奴に全てを押しつけていたことになるだろうし、その場に居た奴ら全員だってアンプのノイズは聞こえていたはずだ。

 たった一言、『ノイズ走ってるぞ』でもなんでもいい。その一言の有無で結果に大きな差が生じる。そんなの誰だって理解できる話だろう。


 失敗は許されない。だからこそ失敗という結果に陥る前に、一人一人が支え合わなければいけない。そんな簡単なことも出来ない人間しかこの場には居なかった。


 俺も、その一人だった。

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