初めて、夏音と音琶の関係
9月20日
集合時間は10時。だが、それよりも遥かに早く俺と音琶は目覚めていた。
午前6時を少し過ぎ、外は少しずつ明るくなってきている。ベッドの中で音琶の温もりを感じながら、身体を起こす。
昨日の夜は音琶と共に楽しい想いをしたから、今日は気持ちを切り替えてライブに臨まなくてはいけない。だが、まだ想像を超える柔らかさと温かさが身体に染みついて離れない。こんなことでいいのだろうか。
「おはよ」
ほぼ同じタイミングで音琶も起き上がり、朝の挨拶をしてくる。だがこいつ、いつもならちゃんと服を着た状態で挨拶をするのだが、今日は違う。
「ああ」
そして俺も同じ。何度か繰り返して行く内に俺も音琶も眠気に襲われ、そのまま着替える体力もないまま二人して眠ってしまったのだ。
「夏音と一緒だと、暖かいね」
「そうだな」
真っ白な素肌を寄せ、俺の腕を掴む。何も着てないはずなのに、寒気なんて一切感じられず、体温だけで暑苦しい。
「夏音、顔真っ赤」
「お前だって、そうだろ」
「うん......」
今まで体験したこともなかった事柄。初めてでも予習しておいて良かったと思っている。音琶に少しでも苦しい想いをさせないためにも、しっかり勉強はしてきたつもりだ。それが失敗に終わらなかっただけ、今回は成功したってことでいいだろう。
「そうだけど、夏音がまさかあそこまで......」
「お前が可愛すぎるのが悪い」
「もう、そうやっていつも茶化すんだから」
「本音なんだから茶化してなんかいない」
今まで音琶の綺麗な素肌をここまで間近に見たことがなかった。いや、見ようと思えばいつでも見れたのだ。俺の根性が足りてなかっただけの話で、いつまでも逃げていただけだったのだ。
でも、それは昨日の出来事で消し去ることが出来た。もうこれから俺は、音琶にはずっと積極的に......、
「てか、音琶」
「ん?何?」
「お前、今まで俺以外に誰とも付き合ったことねえのか?」
少なくとも俺としたことが初めての出来事だったのは確認済みだが、これだけ可愛い奴なのだ、俺と出会う以前に1人や2人付き合っていた奴が居てもおかしくないだろう。周りを巻き込んでしまう力を持っているわけだし。
「......」
掛け布団で胸元を隠しながら音琶は俯く。地雷だったか?やっぱり昔の男のことはあまり思い出したくないとか......。
それとも、身体目当てで思い出したくない過去があるとか......。いや、音琶にそんなことがあるだなんて思いたいくない。思考の片隅に置いてしまっただけで申し訳ない気持ちに苛まれる。
「ないよ、夏音が一番最初なんだよ!」
音琶の瞳、表情、喋り方。その全てに嘘偽りは無かった。人が嘘を吐く時の仕草なんて統一されているし、どこを見ているかでどんなことを考えているかも俺にはほとんどわかってしまう。
でも、音琶は本当のことしか言ってない。隠し事はしていても、隠しているだけで嘘を吐いたことはない。だから、今の言葉も本心でしかないのだ。
「俺が、音琶の最初なんだな」
「そうだよ、もう本当に夏音で良かったよ!」
今度は音琶は全身を隠さなかった。ベッドの上でそのまま立ち上がり、肉付きの良い腰に両手を当て、仁王立ちをする。
音琶の豊満な肉体が俺の視界に拡がるが、目を逸らすことは出来なかった。
「ふふん、私は夏音にとっての''大切な人''だし、夏音は私にとっての''大切な人''なんだよ!」
鼻高々に、まるで自分がこの世界に生を受けたことを誇りに思っているかのような、そんな表情で音琶は俺に告げる。
「夏音が居なかったら、今の私はここに居ないんだからね!」
右手の人差し指を俺に向け、強がる音琶。本当はどこまでも弱くて、人一倍泣き虫な女の子なのだ。
でも、俺の前では強がって、たまに泣く。俺と居るから安心できて、それが俺にも伝わって同じ感情にさせられる。
「いいから、早く服着ろよ。風邪引くぞ」
いつまでも本音を言えない俺だったが、音琶を心配する気持ちはいつでも変わらない。だから、音琶も......、
「夏音も、だね」
同じ言葉を告げられて、俺は返す言葉もなかった。
「そうだな」
これから約3時間後、まだまだ終われない音琶との思い出が始まろうとしていた。
それが新たな地獄の始まりか、将又天国への入り口か、未来がどうなるかなんて誰にもわからない。
音琶との一時の思い出を大切にしつつ、未来が少しでも明るいものになってくれることを願いながら、俺はベッドの下に置いてある棚から上着に手を付けた。




