夏の終わり、夏音と音琶にとって
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9月19日
音琶の本番前最後の全体練習を見る限り、何とか上手く仕上がっているといった所だった。音琶の演奏は見れば見るほど上達していってるし、これなら明日も心配することなく乗り越えることが出来そうだ。
俺の方も問題無い。掛け持ちしているバンド数は音琶より少ないし、2バンドくらいなら朝飯前だ。特に夏休みの間はドラムの方に専念出来たのが幸いだ。明後日からはまた勉強する日々が待っているのだがな。
心配なのは、例の一件から勉強どころじゃないくらい追い詰められてサークルの時間に縛られることだが、前期のような感じだったらまだ何とか付いていける。
10月末には学祭だってあるし、後期が始まって間もない頃は忙しくなることが予想されるが、それ以降はどうなるのだろうか。
「音琶が心配なの?」
今後のことを考えていると、隣で音琶達のバンドを眺めながら鳴香に問われた。こいつ、俺らの全体練習も見に来てたけど、やっぱり照明のデータ取るために来てるってことだよな?
「そういうお前は、照明が心配なのか?」
同じような質問を返し、鳴香の返答を求める。だがそんなの聞く必要もないことではある。紛れもなくこいつは本格的に照明としてライブを造り上げることに緊張している。
鳴香が本気を出すときはいつも肩までのセミロングを後ろに短く縛っている。ギターを弾くときもそうだが、今もこうして自分にとって一番落ち着く格好を貫いているのだろう。
「心配じゃなかったら、ここにはいないわよ」
俺とは目を合わせず、目の前のバンドを真剣に見つめながら奴は答えた。それからリュックからノートパソコンを取り出し、Wordを開いて何かを書き込んでいた。まあこういうのは手書きよりもパソコン使った方が早く済むしな。
「夏音はいいよね、経験者だからって理由でここまで大きな仕事やらなくていいから」
「別に、お前らが手こずったらいつもヘルプ入れてるだろ」
「だったら、明日もそうしなさい。正直あの人達、ミスするとうるさいから」
「はいはい」
......なるほどね。
こいつが俺らのバンドを見ていたのは決して監視とかいうわけではない。あくまで照明の参考、データを取るために来ていただけで、たまたま先輩達に会ってしまったってことか。
まだ完全に信用したわけではないが、こいつも少しは俺と同じことを思っているのかもしれない。今していることを話してしまおうかと思ったが、まだ早まるわけにもいかない。
だが、今話したことは音琶にも結羽歌にも琴実にも伝えておくべきだ。その後どうするかは3人次第だし、上手くいくためなら何でもしておきたい。
「はい!今日の練習はこれで終わり!明日頑張ろ~」
それから間もなく、無駄にテンションの高い茉弓先輩が終了の合図を促し、バンドメンバーはそれぞれの機材を片付け始めた。
俺も茉弓先輩に捕まらないように音琶にアイコンタクトを取り、なるべく早めに片付けを終わらせるように促す。茉弓先輩より早く終わったらすぐに帰ればいいわけだしな。
「お待たせ!鳴香も見てくれてありがとね!」
「え、ええ。照明不安だから、せめてやるべきことはやろうと思って......」
「そっか、大変だけど頑張ろうね」
「別に、音琶ならずっと頑張ってるじゃない......」
何だかんだ2人とも、上手くやってんじゃねえかよ。一時はどうなることかと思ったが、鳴香も素直じゃないだけで本当は音琶と仲良くしたいんだろう。ただ、無意識に言ってしまった一言で音琶を傷つけた、音琶も鳴香を傷つけたと思って互いに距離を縮めてないままでいる。
鳴香を仲間に入れるのは、まずこの2人の関係をどうにかしてからの方が良さそうだな。
・・・・・・・・・
「ね、この後用事無いよね?」
「ねえよ、バイトも明日のこと考えたら出来るわけねえし」
「そっか、実は私もなんだ」
「......」
音琶がこのような言い回しする時はいつも何か企んでいる時だ。どうせどこか行こうって始まるんだろ。
「お昼ご飯どこか行こうよ!練習の後だからお腹空いちゃった!」
「食材はまだそれなりに残っているのだが」
「そしたら、夜に纏めて食べればいいんだよ!」
「あのなあ......」
まあこれは想定の範囲内だし、飯食った後もどこか適当な所歩き回ることになるんだろうけど。
「それに!!!」
「今度は何だよ」
「明日から本格的にサークル始まっちゃうんだから、私達にとっての夏休みは今日が最後なんだよ!学校始まったら私も自分の部屋に戻んなきゃなんだし!」
「......わかったよ」
こいつ、自分にとって行事やイベントだったり、人間関係をやけに大切にするよな。何気ない日常がそんなに大切なのだろうか。
いや、俺だって音琶と居ると楽しいから、音琶との時間は大切だ。だが、俺と音琶で『大切』の意味が少し違う気がするのだが......。
だけども、音琶と同じ屋根の下で暮らすのも明後日が最後か。だが、こうして長い時間隣に居れるのは夏休み中だと今日が最後だ。だったら、いっそのこと思い切って......、
「やったー!!そしたら、どこ行こうかな!」
「決めてなかったのかよ」
「うん!行き当たりばったりでご飯探すのって、楽しいじゃん!」
「......そうだな」
腹の虫を鳴らしながら俺の隣を歩き、音琶はそう言う。
夏休みなら、来年だって再来年だって訪れる。勿論音琶と過ごしたいし、今年以上に楽しいと思える夏にしたい。
一旦終わる出来事でも、来年に向けて備えるのも悪くない。なら、打ち上げって体で今日も音琶の好き放題やらせておくとするか。




