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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第18章 九月、某、雨の匂い
265/572

強がり、夏音の前では

 ***


 どうにもならないことだってある。一人で乗り越えられないことだってある。そんなときはどうすればいいのか、何が正しいのか、正解が見つからなくても考えることくらいは出来る。


「もしもだ、あのバンドに入ってなかったら、どうなってたか今一度考えてみるか」

「うん...」


 音琶が食べたいと言った唐揚げを頬張り、夕食の時間を共に過ごす。皿に盛った数が俺より明らかに多いのは置いといて、追い詰められた自分達のステータスが崖っぷちであることを認識すると、食欲があまり沸かなくなっていた。

 良くないことが起こってしまうのは明日明後日かもしれないし、まだ先かもしれない。出来ればそんなこと起こって欲しくないと思っているけど、完全に逃れられるとは思っていない。

 それだけあいつらのことは信じられないし、大切な人を守り切れてない自分が情けなくもあった。


「弱みを握られている以上、茉弓先輩の機嫌を損ねるような行為はNGだ。基本頼み事があったら、承諾しないとあいつは絶対に鳴フェスのことをバラす」

「やっぱり、あの時、先輩達と行った方が良かったのかな...」

「バカ言うな」


 またこいつ、一人で抱えやがって...。責任感が強いのはいいことだが、どうしてこうも調子を狂わせる。


「俺はあの時、音琶と二人だけで行けて良かったって思っている。音琶とだけでな」

「......」

「俺だって最初から誰にも見つからずに行けるだなんて思ってなかったよ。見つかったのが結羽歌と琴実で良かったとは思ってるし、それが原因であいつらも仲間になった」

「そうだけど、何か私のせいでみんなに気遣ってる感じしかしなくて...」

「全く...、いつもの破天荒さはどこに行ったんだか」

「夏音も、最初は誰とも関わらないみたいなこと言ってたのに...」

「...お前が俺を変えたんだよ」

「......」


 あまり表に出したくない格好悪い言葉だったが、嘘なわけがない。まだ笑うことは出来なくても、誰かを信じてみようという気持ちにさせられ、そのおかげで音琶を大切な人だと思うことが出来るようになっていた。


「私も夏音も、らしくないね」


 唐揚げを箸で掴みながら、はにかむような表情で音琶は言った。本当なら、もっと大きな声で俺に説教するくらいの勢いを持っているというのに、その本性は隠されたままだった。

 お前はもっと、元気で、誰かを巻き込んでしまう力があるというのに、今日一日その姿を見れなかったのは少し残念だった。



 9月12日


 バイトがあった日で朝の時間帯に起床できた試しは今までない。最初は音琶が俺を全力で起こすなんてことがあったが、そんなことはもう過去の話。俺が起きないことに対してどう思っているのかは知らないが、諦められているのは認めるしかない。

 どうせ目を覚ましたら午後になっているわけだし、起きようと思えば起きれるけどもう少しだけ眠っておこう。


 そう思っていたが、すぐ近くで何か音が聴こえる。夢の中ではなく、現実で起こっていることなのはすぐにわかった。

 もう何度も聴いてきた旋律、安定した正確なBPM調整に弦が一本一本弾かれて鳴っている。このフレーズは...、


「音琶...、お前せめて次までにやらなきゃいけない曲やれよ」


 このまま睡眠を続けるのは勿体ない。こいつの頑張る姿も、僅かな手の動きも、見ていたい。ただ聴くだけでは満足出来ないのだ。


「あ!やっと起きた!」


 返事をする音琶は、昨日とは打って変わって元気な姿に戻っていた。好きなギターで曲を奏で、慣れた環境で掻き鳴らす。それで元気にならないわけがないか。


「すまんな、飯作れなかった。腹減ってるか?」

「もう、今更謝る事じゃないよ。バイトお疲れ様!」

「ああ...」

「ご飯の方は夏音が寝てる間、頑張って作ったんだよ!写真撮ったから見てよ!」


 そうか、こいつも今までやってなかったことに挑戦しているのだ。別に一緒に住んでいるわけだから、台所や食材くらいは自由に使ってもいいよな。

 そんな音琶は、スマホで撮った飯の写真を見せてきた。


「どう?」


 どんな言葉が飛んでくるのか期待に目を輝かせる音琶。だが、俺は音琶が強がっていることくらい、わかっていた。

 いつもより声のトーンが少しだけ低くて、不安を必死で打ち消そうとしている。元気な姿も音琶の全てが曝け出されているわけではない。それでも、俺は落ち込んでない音琶を見れたのが嬉しくて...、


「頑張ったな」


 まだまだ上手ではない、精一杯が籠もった写真を見つめ、音琶の頭を撫でながら俺は言った。


「もう、それだけ?」

「それだけだ」

「むう...」


 頭を撫でられると上目遣いになって、幼さの残る顔が更に可愛らしく映った。


「また、セッションするか?俺もまだまだだけどな」

「うん!したい!もっと、夏音と冒険したいよ!」

「だったら、どこまでもついて来いよ」


 いざするとなると準備が早い。それくらい俺も音琶も、音楽が、好きなのだ。やめようと思っていたこと、拒絶しても仕切れないもの。誰もが持っているであろう何かを俺は手放せなくなっていた。

 長い髪を揺らしながら少女は重たいケースを抱える。さっきまで強がっていたとは思えないほど、いつも通りの音琶だった。

 ギターに触れた時だけは、何か辛いことがあっても元気で居られるってか。何というか、負けた気分になる。

 だったら、音琶にとってギターを超える存在に俺はならなくてはいけない。ずっと笑っていて欲しいから...。


「夏音も早く着替えて部室行くよ!言い出しっぺが遅れてどうするのさ!」

「すぐ済ませるから、待ってろ」


 急かす音琶を待たせまいと俺も一瞬で準備を済ませる。スティックを鞄に入れ、手に掛けたら部屋を出る。

 調子の狂う退屈しない日々はまだ続いている。そんな日々を終わらせたくない、終わりがあるなんて思いたくない。

 部室に向かうまで、笑顔で下らない話をする少女の隣を歩きながら思った。


 こいつの笑顔も守り抜きたいからな。

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