不完全、それでも頑張って...
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9月11日
とうとうこの日になってしまった。今日までに3曲覚えておかないといけないのに、完全に覚えられたわけじゃないし、最後の曲に関しては2サビまでしか完成させていない。
「別にお前は悪くねえよ、こんな短い期間でやれって方が無理がある」
夏音は庇ってくれてるけど、これって私がダメな出来損ないだから出来なかったことなのかな?あんなギリギリのタイミングで言ってきた茉弓先輩にもいくらか責任はあるとは思うけど、結局は受け入れた私が全部悪いんじゃ...。なんて思ってしまう。
でも、残された選択肢は一つしかなくて、その選択肢が極力バッドエンドにならないように頑張らないといけない。だから、出来なかった分はメンバーに謝って、次の練習までは必ず完成させるように言っておかないと...!
私だって急すぎて用事は断れなかったし、それでも頑張って練習したんだし、きっと分かってくれる...、よね...?
自分に甘いわけじゃないと思いたいけど、何が正しいのか分かんなくなっている私は、部室の扉の前で暫く立ち尽くすことしかできないでいた。
「おーとーは!」
「わっ!」
「こんな所で棒立ちしてどうしたの~?考え事してた?」
「いや、その...」
突然後ろからテンション高い茉弓先輩が大声で呼びかけてきて、思わず驚く。どうしよう、謝るなら今のうちだよね...。
「てか夏音も居るんじゃん!何々?音琶が心配だった?」
「まあ、突然誘われた音琶がどんな演奏するのか気になっただけです」
「へぇ~。それもそうだけど、しっかり練習してきたんだよね?3曲とも」
「は、はい。一応は...」
「そっか~、音琶の実力なら大丈夫だよね~」
「え、いや...」
どうしよう、思わず強がって嘘吐いちゃった...。プライドなのかもしれないけど、出来ないことを素直に出来ないって言えないのは私の悪い癖かも。夏音にも心配掛けちゃうようなこと言っちゃったし...。
出来なかったら何か言われるんじゃないかと思って怖くなる。この性格もちっとも治ってなくて、始まる前から辛くなる私だった。
・・・・・・・・・
1曲目と2曲目はさほど難しくなかったから、多少のミスはあっても多めに見てくれたし、エフェクターの精度や音作りは茉弓先輩や杏兵先輩がフォローしてくれた。だからまだ私が追いつけてないことには気づいてなくて、何とか上手くやることはできていた。
当の夏音は部屋の奥でスマホを横にして指を動かしていた。また例のゲームに夢中になってるのかな?
音作りに関してはバイトで培った知識で素早く出来ることだけど、ここは上手く3曲目に持ち込む時間を短くするために敢えて苦戦している振りをして乗り越えた。
ディストーション、イコライザー、リバーブの順に繋げて音作りしても曲によって音の感じは変わってくるから、新しいエフェクター買った方がいいかもしれないかな?今までとは違う音に成りつつあるから少しは工夫して誠意をみせないと...!
鈴乃先輩が使ってたエフェクターを聞けば同じの買えるし、LINE繋がれば参考にするくらいは出来ると思うんだけど、未だに返事が来ないから、もう原曲聴いてどうにかするしかないよね。
「にしても、音琶ってほんとに機材拘ってるよね~。これだけ上手ければ当然か~」
「そうでもないと思いますよ。だって、私ギターまともに触ってからまだ3年しか経ってませんし」
「えっ!?この実力でまだ3年!?」
今の言葉は口が滑ったからではない。これだけ練習を積み重ねた人でも唐突な依頼は完全には受け入れられないことを教えるために言っただけ。
高校に通うことが怖くなって、半年間も引きこもり生活を続けていた社会不適合者の末路、それが今の私と繋がっている。
そこまではこの人に言うつもりはないし、絶対に言いたくない。私の持っている幾つかの秘密の一つだけど、まずは夏音以外の誰にも言うつもりはない。
「その、3曲目なんですけど...」
このタイミングで切り出す。振りもなくストレートに言うつもりは元からない。だから、状況に応じて上手く対処する。せめてものケジメと、自分の愚かさ、そして今後のバンド全体の改善点、その全てを考えた上で発言するつもりだった。そのはずだった。
「2サビまでの所、まだ完成してなくて...」
申し訳ないという気持ちを精一杯表に出そうと、表情を暗くしてそう言った。
間違ったことなのかもしれない、与えられた課題を成し遂げられない劣等生が言うことなのかもしれない。だけど、私の実力にだって限界はある。
それは理解ってほしかった。最低限期待に応えようと、努力はしたんだから...。
「はあ!?」
茉弓先輩の第一声は、それだった。
呆れを通り越して、失望、絶望と言う方がまだ軽い次元の、信用というものを完全に無くしたような、そんな声で...。
「なんで?」
「なんで、って言われましても...」
「いや、私URL送って完成させてって言ったよね?あれだけ弾ける音琶だから出来ると思って頼んだのに、何それ?」
返事ができないレベルの話だよ...、どうしよう...。
「ちょっと待って下さい」
返答に迷っている時、奥の方から私の大切な人の声が聞こえてきた。淡々として、私の話を聞いていたのかも怪しいけど、茉弓先輩の様子から感じ取っていたのかもしれない。
「まずはあなたが音琶を誘った過程を教えてくれませんか?」
掟に書かれていないルールのようなものを言及させるような、危険な橋を渡る発言をする夏音がそこに居た。
私を誘った過程、その原因はほぼ確実に鳴フェスだけど、茉弓先輩は何て答えるんだろう...。
他の二人も、怪訝な顔で私と夏音を見つめている。何を考えているかなんて探ろうとするだけで、怖い。でも、乗り越えないといけない現実はすぐ目の前に迫っている。だから...、
「そうね...」
茉弓先輩は喋り出す。まるで、全てを見通しているような、そんな顔で...。
これで解決なんてできるわけがない。でも、何かしらの話が聞けるなら、意味がある何かに繋がるかもしれない。そんな甘い判断を持っている私だったけど、それに気づけるのはもう少し先の話だった。




