裏表、どんな顔どんな表情
全体練習が始まって小一時間、特に何か変な事を聞かれるもなく、順調に進んでいた。幸い部室内には俺と鳴香と茉弓先輩以外の部員は居なく、鈴乃先輩の件を話すにしても大きな問題にならない程度の状況ではあった。
取りあえず、新たに2曲加え、3ピースとしての体が成り立つ程度には成長しただろう。暫く見ない間に鳴香のギターも良くなっていて、見てないところで時間を掛けて練習していたことが窺えた。こいつも音琶とぶつかりさえしなければ、サークルを変えていくことに協力するメンバーに加わってもらえただろうか。別に俺自体はこいつとの人間関係が破綻しているわけではないから、話さえ振れば納得してくれたりするのだろうか。
「どうしたのよ」
「いや、別に」
ペットボトルに入った緑茶を飲みながら汗をタオルで拭い、俺の視線に気づいた鳴香は俺に聞いてくる。茉弓先輩の前では本当のことを言うわけにもいかないから、関係ない話題を持っていくことにする。
「練習してたんだな、って思ってだな」
「何言ってるの?練習なんて毎日してるに決まってるでしょ」
「いや、そうだけど、上手くなってたから...」
「それくらい言われないと納得出来るわけないじゃない。上手い人は初心者の実力を下に見てるみたいだから、そう思われないように必死にやってるんだから」
「......」
面倒だな。別にお世辞で言ったわけでもないのに、こいつも無駄にプライドが高いのだ。音琶とのやり取りを見てればわかるけど、俺に対しても敵意というものを抱いているらしい。全く、バンドに誘ってきたのはどこの誰だと言うのだか。
「夏音だって、前より抑揚の付く音が出せてるじゃない?人のこと褒める前に自分の演奏を見つめ直したほうがいいんじゃないの?」
「参考にくらいはしてやるよ」
「相変わらず嫌な言い方するわね...」
どの口が言ってんだよこの野郎。前よりも演奏が良くなったのも俺の努力というよりは音琶の言葉が要因だってのに、これだとまるで俺自身が積み上げたようになってるじゃねえかよ。
誰かの言葉で変わるよりも、自分でどうにかしなければいけないのは考えなくたってわかる。自分の力で乗り越えなければいけないというのに、自分で解決できないのはどうやっても...。
「そろそろ休憩終わりね!あと1時間頑張って合わせるよ~!」
茉弓先輩が、普段見せている裏の顔をしながら俺と鳴香を呼び止めた。あんたがどんな性格しているのかなんて、結羽歌から聞いてるから全てお見通しなんだよ。俺が気づいてないとでも思ったか?それとも鳴香が居るから敢えていつもの嘘を吐き続けてるってか?
どっちにしろ、あんたは恐ろしい人だよ。
・・・・・・・・・
「夏音も、しょっちゅう部室で練習してたんでしょ?音が前より綺麗になってたよ~」
「はあ」
「前までなら、音を拾うことだけを大事にしてた感じだったけど、何か今回のは心が籠もってる感じだったよ~」
「そりゃどうも」
練習が終わり、荷物を纏めているとやたらとテンションが高く、この世に恨みが全くないような声で喋る茉弓先輩に話かけられ、俺は少しばかり恐怖を感じた。
鳴香は練習が終わった瞬間にそそくさと帰ってしまったから、今部室には俺と茉弓先輩の二人しかいない。
「つれないな~、さっきのドラムみたいに夏音も感情に抑揚付けなよ~」
「そうですね、でも人の性格はそう簡単に変わらないので」
「ふう~ん」
ベースをケースに入れ、肩に抱えると茉弓先輩は部室を後にしようとして、立ち止まる。
「どうせ、音琶の前ではこんな仏頂面、してないんでしょ?」
「......」
このような話題が持ち上がるのは想定済みだ。あんたのやってることなんて何もかも全て把握してるからな。結羽歌達から聞いた話、そして俺の洞察力、繋げればどんな想像だって出来る。
だったら、こっちも嘘を固めて対抗するしか術は無い。
「さて、どうですかね」
表情一つ変えずに、俺は言う。音琶の隣に居る時の俺がどんな顔してるかなんて、鏡を見ても理解できない領域だ。
笑うことを忘れた俺に、表情の種類を特定すること自体が困難だし、普段俺がどんな顔、どんな表情なのかも知れない次元だ。
「夏音は、自分に正直だからね~。演奏だって、きっと音琶が居る前でやったほうがより良いものになるのかもね」
「誰が見てようと演奏なんて変わりませんよ、結局は個人の実力と努力次第なんですから。下手な奴は誰が見てようと一生下手なままですし、上手い奴は練習の仕方を理解してるから上手いんですよ。見てる人によって演奏を変えるような奴は音楽をする資格なんてないですよ」
「へぇ~、相変わらず凄いこと言うよね夏音は」
「正論以外の何物でもありませんよ」
「夏音の思うその正論、ちゃんと貫かないと、自分自身に嘘吐くことになるからね~」
「俺は今まで人を傷つけるような嘘は吐いてませんよ」
さっきから一歩も動こうとしない茉弓先輩を追い抜いて、俺は部室の扉に手を掛け、外に出ようとする。その時...、
「そう...、だったら、くれぐれも私をがっかりさせないようにすることね」
さっきまでと打って変わって、威圧のある低い声で、茉弓先輩は囁いた。奴の表の顔が姿を現した瞬間だった。
「そうですね、それくらい演奏で証明してやりますよ」
茉弓先輩が何を思ってそう言ったか、俺はよく分かっている。この人も、俺らがしていることは想定済みなのだ。そこまで頭の悪い人間ではないことくらい、誰だって察せる領域だ。
敢えて引き金にならない話題で誤魔化し、俺はそそくさと部室を後にした。一人残された茉弓先輩は、あの広い部屋の中で何を思っているだろう。
俺が外に出る直前、はっきりと聞こえた声はこう呟いていた。
「...上手くいくと思うなよ」
それはこっちの台詞だよクソ野郎。




