表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第3章 臆病者に助言はいらない
26/572

追想、過去の自分

 ***


 4月27日


 -私は、夏音にとっての大切な人になりたい-


 あんな話を聞いた次の日、私は今まで以上に緊張感が高まっていた。

 あの人のこともあるし、それなりに覚悟はしていたけど想像以上だった。

 しかも昨日の話はあの場にいた人以外には知られてはいけないことで、わかってはいるけど状況をどうにかするには何から始めればいいか考えなければいけない。


 私には、変える以外にもやらなきゃいけないことがあるんだし。


 あんな風に平静を失ってしまっては秘密を守ることはできないし、考えてることも実行できないだろう。

 嘘を付くのは自分でも下手だってわかるけど、ここは何とかして耐えないといけない。


 きっと頑張って耐えれば、願いは叶うはず、その分失うものも少なくないのは覚悟の上だけどね。


「おはよう」


 朝起きて、毎日の習慣をする。

 相手は私の大切な人で、私がギターをするきっかけをくれた人。

 その人に朝の挨拶をしないと、一日が始まらない気がする、いつか夏音にもできたらいいな。


 コンビニで買ったおにぎりとペットボトルの緑茶を空っぽの胃の中に入れ、全部食べ終わった後部屋着に着替え、髪を結ぶ。

 着替えてるとき、ふと自分の姿を鏡で見て昨日のことを思い出す。


 『せっかく来たんだから二人の水着姿見たいな~』なんて、鈴乃先輩が下心丸出しの意見を出してきたおかげで、私と結羽歌は言われるがままの姿になった。まだ4月なのに。


「夏音、見たのかな......」


 鈴乃先輩に写真撮られてたし、夏音に見せるなんて言うから、きっともう見られてるよね......。

 多分だけど、鈴乃先輩は写真見せるから秘密は守ってくれみたいな算段なんだろう。

 だとしても、私は恥ずかしい思いしてるだけなんだけど......。


 改めて鏡に映る自分の下着姿を見つめて思う。

 服越しからでも目立つ大きな胸や、ほどよく肉が乗り滑らかで柔らかいお腹、決して太いわけではないが絶妙に張った太もも。

 これらの全てを夏音がみてしまったら何て言うんだろう......、次に会うのがいつになるかわからないけど、そのことを考えると全身が熱くなってしまって仕方がない。

 あの人にも、こんな姿見られたことないのに......、夏になったら、海にでも、誘っちゃおうかな......。


 夏音は私の服の着こなしをまじまじと見ているよね、何をどう思っているのかはわからないけど、見ているって事はそれなりに印象がいいのかな。

 そう思うと嬉しいし、ちょっと恥ずかしい、ちょっとくらい大胆な格好してみてもいいのかな?


 気づけば顔だけでなく全身が赤くなっていた。

 こういう類いの話は慣れてないのに、部屋で夏音のことを考えてるとどうもこうなってしまう。


 まだ知り合って2ヶ月も経ってないけど、私は自分の想いを認めている、最近認めた。だからこんなことで冷静になれないでどうする、頑張れ私。

 何とか着替え終え部室に行こうかなんて考えてると、部屋の郵便受けに何か挟まっているのが見えた。


「......!」


 確認して固まった。

 それは1枚のチラシだった。普通の何気ないチラシならまだしも、それは以前していたバイト先の一つのものだったのだ。


 あの人がいなくなってから、私はずっと一人だった。

 親は遠いところで働いているから帰ってくることがほとんどない、だから本当に一人で暮らしていた。


 料理以外の家事はできるし、仕送りもあるから生活には苦労しなかった。

 でもあの人がいない世界で生きていくなんてこと、私にはできるわけがないって思っていた。夏音に出会うまでは。


 それまでしていたバイトが鳴成市にあるライブハウスの一つ、XYLO BOX(キシロ ボックス)

 照明やPA、ドリンクの提供、ホールの清掃といった仕事内容で、時給も高かったし先輩達も親切だった。


 でも私は、バンドをさせる側だけではなく、する側でいたかった。

 あんな楽しそうにしている人達を見てるとあの人のことを思い出してしまうし、ライブハウスという環境の中で楽しそうにすることができない自分に嫌気がさした。

 結局半年ほどで辞めてしまい、その後はいくつものバイトを転々としていた。


 勿論大学に行くための勉強は毎日欠かさずしていて、バイトとの両立は大変だったけど、どうしても確かめたいことがあったし、やりたいこともあったから頑張れた。


「どうしよう......」


 弁償代のこともあるから早いとこバイトは決めておきたい。

 今は形だけだけどバンドを組んでるし、あの人がいなくても音楽を楽しむことはできるかもしれない。


 させる側にもする側にもなりたい気持ちはあるけど、一度辞めたバイトであるということを考えると抵抗がある。

 2年以上前のことだから、あの時いた先輩達の全員がまだいるなんてことは考えにくいけど、何人かは残っているよね。

 もちろん店長はまだいると思うし、私のこと覚えてるよね......。


 忘れるわけないか、あれだけお世話になったんだし、お母さんみたいな存在だったんだもん。


 もう一度チラシを確認すると、時給は前と変わってなくて、右下には電話番号と住所が書かれていた。

 真ん中にある写真を見る限り私がいた頃とあまり内装が変わっていないみたいで、途端に懐かしい気持ちになった。

 もうちょっと、考えてみようかな。


 ・・・・・・・・・


 ギターを弾きたい衝動に駆られ、今日も部室に行くことにした。


 部屋を出て、少し歩けば部室がある。

 広いキャンパスの中に位置する1階建ての建物に辿り着き、扉を開けると電気はついていて、誰かがベースを弾いている音が響いていた。


 音の鳴る方へ目線を移すとそこには結羽歌がいた。弾いているその姿は相変わらず真剣そのもので、いつもの内気な彼女とは思えない風貌だ。

 今回は結羽歌だけでなくもう一人、結羽歌のベースを見ながら相づちを打ったり、指の動きを覗くように伺っている茶髪のポニーテール少女がいた。


 最初の部会の時にベース志望って言ってた人だ、ということは彼女は1年生なのだろう。


「音琶ちゃん、おはよう」


 弾き終えた結羽歌が私に気づき、声を掛ける。


「おはよ」


 私も返し、今度は例の1年生に視線を向ける。


「確か、上川さんでしたっけ?」


 向こうから話しかけてきた。


「うん、君は?」


 名前を忘れてしまったから聞き返す。

 名前よりも担当楽器のほうが覚えてるなんて......。


「私は高島琴実(たかしまことみ)、新入生ライブで池田さんと勝負するのよ」


 自己紹介と同時に勝負って......。

 部室に行けば新しく誰かと知り合えるというのに、どうもこのサークルは先輩だけじゃなくて同じ学年の人も少し変わってるのがいるんだなって、私はふと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ