連絡、迫りくる現実
もう少しでライブハウスを使った予行練習のようなものをサークル内ですることになる。演奏だけでなくPAや照明、個々人の音作り等、練習とは違う環境に慣れるための活動となる。
鳴成市内にあるいくつかのライブハウスの中から毎年ライブをしているそうなのだが、その中で予約が取れた場所から優先しているだとか。
一応拠点としている所があるとは言われたが、必ずしも毎回使えるというわけではない。田舎町に住んでいた俺からしたら流石都会と言った所か。
「はぁ...」
平和なはずだった昼下がり、朝よりも更に体調が良くなっていたというのに、久しぶりにサークル内での真面目な連絡があって、そろそろ全体練習くらいしておかないといけない状況に追い込まれた。またどんな反省文書かされるかも分からないし、奴らがまともに部室で練習しているのかは関係ないが、少なくとも自分に関係するバンドのことくらい何とかしなくてはならないな。
そんな中...、
「これ、どうしよう...」
部長の連絡もそうだが、俺がついた溜息にはもう一つの理由がある。それは音琶が見せてきたLINEのトーク画面だ。そこに書かれていたのは...、
戸井茉弓:2年で組んでるバンド、新たにリードギター欲しくなったから入ってくれる??
正直こっちの方が溜息の理由でしかないかもな。別にライブハウスがどうとかいう話なら、どこの軽音部でもやってそうな話だし。問題は面子とやっている内容なのだ。大して使えない口だけの先輩とやる気の無いバンドメンバー、ギクシャクした面倒くさい人間関係、同級生同士のすれ違いで退部まで追い込むクソ野郎だっている。
そのクソ野郎が音琶にバンド勧誘をしているのだが、これはどう返信したらいいものか。
「これ、断るときって何て返事したらいいかな」
「まあ待て」
即座に返信しようとする音琶を一旦止め、冷静になって考える。既読を付けてしまった以上早めに返事しておいた方がいいとは思うが、内容によっては今後俺や音琶の身の安全が保証できなくなる可能性だってある。
「仮に断って脅されたりしないか?」
「確かにね、結羽歌の話だと私達がフェス行ってたのは茉弓先輩にバレてるわけだし...。掛け持ちがどうとか言ってもあの人には通じないだろうし...」
「あのバンドは鈴乃先輩が抜けたからな、その代わりと言ったら何だがリードが欲しいんだよ。それで、実力のある音琶を選んだってわけか。多分他の奴は誘いづらいっていう算段だな、実力的にも人間性にも」
「鈴乃先輩が最初からメンバーじゃなかったみたいな感じで送ってきて、感じ悪いな。正直そんな人とはバンド組みたくないけど、断ったらフェスのことバラされたりするかもしれないから、どうしたらいいかな...」
「......」
音琶には危険な橋を渡らせたくないし、俺がこの手で何とかして守ってやりたい。バンドは組みたくないが、組まないと隠し事がバレるかもしれない。それだと自分の立場が危うくなる。
目の前のことを選ぶのも大事だが、先のことだって考えないと最悪の事態にだってなりかねない。
「私だけがやられるならいいけど、これだと夏音も結羽歌も、琴実だって危ないよね...」
「...お前今なんて言った?」
「え...」
音琶の今の一言、それは俺にとっても聞きたくなかった言葉だった。自分だけが...?おいおい何かの聞き間違いだよな?
「やられるのが自分だけでいい?何かあったときはみんなで協力するって言っただろ」
「あ...」
「俺も音琶も一人じゃない。それだけは忘れるな」
「ごめん...」
何言ってんだよ俺は。少し前までは誰も信じないだとか、一人で生きるだとか言ってただろ。そんな奴が誰かに五月蠅く言う権利なんてないだろうが...。
「...私に何かあったら、夏音は守ってくれる?」
「当たり前だろ、今までだってそうしてるつもりだったし」
「そっか...。そしたら、バンドの誘い、受けよっかな。もう、最初からそうするしか選択肢ない感じだし...」
「......」
正直、音琶は奴らに渡したくない。俺の見ていない所で辛い想いをしているのではないか、という想像だってしてしまう。
だが、別に掟破りにもならないことなら、やってもいいものだってある。全体練習をしている間、他の部員は部室に入ってはいけないというルールは最初から存在していない。それなら、俺のやるべきことは一つしかない。
「全体練習の時、俺が部室に居てやるよ」
「ほ、ほんとう!?」
「様子を見るくらいならいいだろ。それに、俺なら改善点とか言える。あいつらの機嫌を取ることだってできるしな」
「機嫌を取るって...。でも、そうしてくれた方が安心する!」
俺の一言で音琶の表情が明るくなる。
「毎回行ける保証はねえけど、結羽歌や琴実にだって事情くらい話してもいいんじゃないか?」
「うん、そうだね!もしかしたら何かしてくれるかもしれないし!」
「もしかしなくても、あの二人なら音琶のささやかな願いくらい聞いてくれるだろ」
「へぇ~、夏音もすっかり人を信じれるようになったんだね」
「うるせえな...」
夏休みも終盤に差し掛かり、少しずつ現実というものが迫ってきているということを思い知らされていたが、その現実は決して甘い物ではない。
誰かを信じられるようになってきている俺は、どこかで余裕というものを勝手に感じていたのかもしれない。
音琶が茉弓先輩に返信した瞬間、そこには既読の文字が浮かんでいた。




