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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第17章 或る街の日常
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平熱、戻るまでは

 ***


 目が覚めた。何か夢をみていた気がするが、思い出そうとすればするほど大きな岩が崩れていくように夢の内容が頭から消えていく。

 身体を起こすと昨日より動きが軽くなっていて、ほぼ一日中横になっていたのが効いたようだった。いや、そんな当たり前のことよりも具合がよくなる要因があったよな。今だって、それとよく似た匂いが部屋の中に漂っているからな。

 まるでどこにでもある普通の、何の変哲も無い一つの家族のような...。


「あ、夏音起きたね、おはよ!」

「あぁ...」

「どう?良くなったかな?」

「少しは、な」

「そっか」


 そう言って音琶はミニテーブルの上に置いてあった体温計を取り出し、俺に渡す。無言で受け取り、熱を計るとデジタル文字で36.9と表示されていた。まだ平熱よりは高いけど外に出てもいいくらいには下がったか。

 下がった分の熱が音琶に移るなんてことは無かったようだ。


「おぉ~!一晩でここまで下がるなんて!」

「まだ平熱ではないけど、お前が飯作ってくれたから下がったのかもな」

「もう、そこまで私は出来てないよ。夏音がしっかり休んだから下がったんだよ」

「それもあるけど、しっかり食わねえと熱は下がんねえよ」

「...ありがとね」


 最後は何て言ったかわからなかったが、僅かに頬を赤くしながら言っていたから、満足しているのだろう。


「夏音はまだ病み上がりさんだから今日の分はまた私がご飯作ってあげるからね」

「ああ、頼む」


 朝食の具材は昨日買った物を使ったのだろう。もしかしたら俺が寝た後もどこか行ってたかもしれないけど。


「温めるから、出来るまで横になっててね」

「......」


 それから間もない内に出来上がったから寝間着のまま起き上がり、ミニテーブルの場所まで移動する。と言っても、ベッドから降りるだけだがな。

 テーブルの上には白米と野菜の入った味噌汁、お世辞にも綺麗とは言えない卵焼き(味は絶対美味い)、バナナの入ったヨーグルトが並んでいた。なんというか、健康食品と言わんばかりのラインナップで面白い。


「美味そうだな」


 これだけ両手に絆創膏を付けているのだ、どれだけ苦労したのか、どれだけ努力したのか、そんなこと音琶がわざわざ説明しなくても伝わっている。だから俺はそう言うとすぐに箸を動かした。今なら甘い物だって普通に食える気がする。


 ・・・・・・・・・


「何で部室行こうとするの!?まだ完全に治ったわけじゃないんだから、寝てなきゃダメだよ!!」


 折角熱が引いたから早速練習の再開をするために部室に向かおうとしたが、リビングから玄関に向かおうとしたら音琶が両手を広げて止めに入ってきた。


「だったら絶対音感の話はどうなるんだよ、昨日全く練習出来なかった分身体が鈍ってたらどうすんだよ」

「それでまた練習して再発したら逆効果だよ!次はもっと長引くかもしれないんだよ!」

「......」


 一瞬何と返そうか迷ったが、俺はこう言うことにした。


「再発する保証なんてどこにあるんだよ、音琶の飯が効いたからもう問題ねえよ」

「......!」


 黙り込んだかと思いきや再び顔を赤くして硬直する音琶。お前どんだけ単純なんだよ、こうして言い合いをしたときも俺が本心を言えばこいつは素直になり始める。いつも素直だけど。


「た、確かに...、また夏音が風邪引いたらご飯作れるけど...。でもダメなの!ご飯くらいなら風邪引いてなくても作れるし!」

「そっちかよ」

「で、出来れば元気な夏音と一緒に料理出来たら、もっと美味しいの作れるかもしれないし...。だから!今日は休んでないとダメなの!」

「言いたいのはそれだけか」

「そんなことない!今の言い方だと誤解されそうだけど、一番大事なのは夏音が元気で居てくれることなんだもん...」

「......」


 俺はまだまだ足りてない。まだまだ上に行かないといけない。どん底に落ちて一度は諦めたことも、一人の少女の願いと想いによって取り戻すことができた。だから、このままではダメだという感情が俺の中で渦巻いていた。

 音琶が俺の体調を心配するのは飴と鞭なんかではなかった。どれも全て本心で、俺の機嫌を取ろうとしてたわけではない。

 まだ俺は、同じ失敗を繰り返していたんだな。音琶の本気の想いを蔑ろにして自分のことばかり考えていた。情けない話だ。


「...明日からなら、いいだろ」

「平熱に戻ったらね」


 広げた両手を下げ、音琶は笑顔で俺に近づき、前髪を掻き上げると自分の額を俺の額にそっとくっつけた。


「まだ、治ってないよ」

「あ、ああ...」

「ゆっくりしてね、私が居るから、すぐに戻るよ」

「そう、だな」


 想像していたよりも遥かに冷たかった音琶の額。俺の熱が高いからなのかもしれないが、もう少し暖かみがあるのかと思っていた。


 こいつ、体温低いのか...?

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