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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第17章 或る街の日常
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看病、不器用ながらも


「.........」


 心配だ...。


「.........」


 頭痛のせいで聴覚がはっきりしないが、音琶が包丁で何かを切っているのは聞こえる。たまに音琶が何か変な声を出しているような感じがするけど、苦戦しているのだろう。任せたとはいえ、慣れないことをするのはこれほど難しいことなのだ。

 だが、また一つ気になる点が出てくる。音琶は料理の経験がほとんどない。だとすると、今までどうやって生活していたのか、だ。今は母親か、他の誰かと住んでいるのは確実だと思っていたが、仮に母親と暮らしていたら学食なんて使うだろうか。

 偏見になるかもしれないが、一人暮らしだとしたら少しくらい自炊というものに興味を持って行動に移す可能性だってある。音琶にはその気配すら感じられないし、ましてや俺の部屋に乗り込んで飯を作ってくれと言うくらいだ。そんなのどう考えてもおかしいし、俺の考察だって矛盾する。


 音琶、お前は一体、誰なんだ...?


 1時間ほど経過して、時計の針は昼の時間に傾いてやっと、音琶が誠心誠意込めて作り上げた料理が運ばれてきた。


「夏音、できたよ」

「すまんな」

「おそろのうどんと、生姜スープだよ」


 音琶に身体を起こしてもらい、何とかしてミニテーブルの前に座る。音琶が買い物に行っている間ずっと横になり続けていたから朝よりは動きやすくなっていた。

 テーブルに乗せられたうどんはネギが大量に入っていて豚肉とすっかり固くなった目玉焼きが真ん中にあった。なんというか、不器用ながらも精一杯頑張った音琶の姿が器の中から浮かび上がってきそうで、少し可笑しい。


「頑張ったんだな」

「そりゃもう、夏音のためなら慣れないことでも頑張れるよ」


 箸を取り、うどんを掴むその手は絆創膏が貼られていた。時間が掛かったのは、これが原因だな。


「どんだけ手切ったんだよ」

「えと...、覚えてないかな」

「気をつけろよ」

「うん!次は怪我しないように頑張るよ!」


 満足そうにうどんを啜り、音琶は答える。俺も冷めないうちに食べないとな、折角作ってくれたんだから、食欲が沸いてないとはいえ間食しないと気が済まない。


「いただきます」


 そう言って、俺も音琶と同じように箸でうどんを掴む。少し固いように感じたが、食べれなくはなさそうだ。てか、こいつ料理経験がほとんどないだろうにここまでのものを作れるのはなかなかのものではないかと思うのだが。

 口に入れると、俺が作ったものとは程遠い美味さではあったものの、しっかり食材としての形が保たれた味が広がっていた。コツさえ掴めばこいつが美味い食材を求めるギルドに所属できる未来はそう遠くないかもしれない。別にサークル絡みで料理なんてすることないと思うけどな。

 もう一つ作った生姜スープだったか?カップに入った独特の香りを放つスープを一口啜ると、頭の中が温かくなるような感触に覆われた。インスタントでは無く、音琶が最低限の知識を培って完成させたものだ、美味くないわけがない。


「...どう?」


 不安そうな、可愛らしい表情を俺に浮かべながら音琶は質問してくる。俺に対しては初めて作る料理に少し自信がないのだろう。


「美味いよ」

「......!」

「文句なしだ、これならいくらでも食っていたいくらいだ」

「夏音...!」


 少し盛ったけど、いくらでも食っていたいのは本音だし、不味いなんて一ミリも思っていない。体調が良くなったら料理を教えて今以上に美味いものを作れるようにしてやろうと思うくらいだ。できれば夏休みが終わっても、ずっと同じ屋根の下で暮らしたいくらいだ。お前が誰と暮らしているのかはわからないけど、もし一人で過ごしているのなら...。


「本当は半熟卵にするつもりだったんだろ、それが目玉焼きになってるなんて、面白いな」

「そ、それは!上手く割れなかっただけで...!」

「風邪に効く食材ばっかりじゃねえかよ、それくらい俺のこと心配だったんだな」

「......!」


 音琶が可愛すぎて、直視できない。それでも、僅かに残った体力でいつも通りのからかいを俺は繰り出す。

 長年一人で飯を作ってきた俺からしたらどんな食材が健康に良いか、どんなものが人を元気にさせるかをよく知っている。音琶は、それを調べ上げたのだろう。


「だ、大好きな夏音の体調が良くなるためなら、どんなことだってするんだから!」

「そしたら、何でもしてくれよ」

「何でもするよ!だから、早く良くなってね」


 愛情というのだろうか、そう言ったものを知らなかった俺が、音琶の隣に居ることで未知の領域に進んでいる。何でもしてくれる、ならば、その願い通りのことをしてあげたい。何だっていいのだから。


「音琶のためにも、良くなってやるよ」

「ありがとね!早く一緒に食べちゃおっか!」

「ああ」


 温かいうどんを頬張り、スープを啜り、全て空になるまでそんなに時間は掛からなかった。どんなに時間を掛けて作ったものも、食べてしまえばあっという間に無くなってしまう。だから...、


「また作ってくれよ」

「勿論だよ!」


 食い終わり、食器を台所に片付ける音琶。手伝いたいが、早く横になるように催促されたから仕方なくその通りにする。食器を洗うのにはそこまで長くならなかった。もしかしたらそれ自体は慣れていることなのかもしれないな。

 暫くして生姜の入ったレモンティーを用意してくれて、俺はベッドの中で起き上がったまま飲んだ。やはり、これも不器用ながらも頑張った音琶の姿が浮かび上がるような、そんな味がした。

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