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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第17章 或る街の日常
250/572

繁華街、そこにあるカジュアルバー

 ***


「ただいま~」


 23時過ぎ、疲れ気味の音琶が帰ってきた。今日もバイトだったのだが、土曜日にしては珍しくライブの企画が無く、スタジオを予約してきたバンドのサポートやライブハウスの清掃に回っていたらしい。

 それでもやはり、ほとんど立ちっぱなしということもあってか疲れは溜るものなのだろう。音琶はリビングに入ってきた瞬間思いっきりベッドにダイブしてきた。枕に顔を埋め、足をばたつかせている。


「お疲れだな」

「うん、疲れた...。だからさ、今から一緒に飲みに行こうよ!」

「...は?」


 さてはお前疲れてないな、さっきのはフリであって構って欲しいアピールってわけかよ。この神聖なるかまってちゃんめ。


「飲んだら疲れ取れるんだよ、だから一緒に行こう?」

「そこの店、ソフトドリンクもあるんだろうな」

「あるよ、夏音も行けるようにちゃんと調べてきたんだから!」

「お前って奴は...」


 いつも通り呆れるが、俺だって最近はいつも以上に練習漬けで疲れているというのはある。酒は飲めなくとも音琶といつもと違う場所で話すことでもしかしたら俺の気分も楽になれるかもしれない。別にこれが原因で絶対音感を掴める保証なんてどこにもないけどな。


「行ってやるよ」

「やったぁ!ありがと!!」


 それからすぐに音琶はベッドから起き上がり、荷物を整理したら外に出た。


 大都市の繁華街ともなると夜から開く店が多く、歩けば歩くほど灯りのともった場所が多かった。地元にはこういった場所はないから新鮮ではあったが、慣れないことに対する違和感もあった。だって看板に無修正のお姉さんの写真があるわけだし、メイド服着た人がいかがわしいビラ配ってるし。

 本当にこの先音琶が行きたい店があるのか?まさか今までのは全て前振りで本当に行きたい場所は他にあったりなんて...、それはないよな流石に。事前準備も全くしてないわけだし。


「夏音ぇ~、今えっちなこと考えてたでしょ?」

「か、考えてねえよ」

「嘘、メイドのお姉さんのことさっきからジロジロ見てるの知ってるんだから」

「別に、音琶があれ着たらどうなるか想像してただけだ」

「ふぇっ...!」


 咄嗟に誤魔化すために返した言葉だけど、何とか音琶の調子を狂わすことに成功したみたいだ。実際に、音琶のメイド服姿は見てみたいしな。


「わ、私があんなフリフリ着るの?」

「別に、着ろとは言わねえ。でも、似合ってそうだからな」

「そんなこと...、でも似合うんなら、今度着てみよっかな」

「俺の前で着てコーヒーの一杯くらい煎れてくれ」

「う、うん...」


 半分本当で半分嘘のことを音琶に告げ、すっかり赤面してしまった音琶は俯きながら歩いていた。ちゃんと前見て歩けよ、どこぞの酔っ払いにナンパされたら俺のせいで暴力沙汰に発展するかもしれないからな。

 だから、ぶつからないように、俺は音琶の右手を握って歩くことにする。


「夏音...」

「ちゃんと歩けよ」

「うん、ありがと」


 それでもまだ俯く音琶。俺だって恥ずかしいんだから勘弁してくれ、これだと赤くなった顔を正面にしてこのいかがわしい繁華街を歩くことになるんだからよ。いや、意識している俺が一番いかがわしいのかもしれないな。

 それから、音琶は目的地への方向を左手で指さしていき、ようやく辿り着いた。そこにあったのは『Casual Bar Gothic』と書かれた赤い看板と黒い文字。名前の通り中にはメイド服を着た店員がいるのだろう。音琶よ、お前はこんなとこ行きたかったのか?


「ここでいいんだよな」

「うん」

「そしたら入るか」


 なんで言い出しっぺが恥ずかしがってんだよ。それなら最初から誘わなければ済んだ話だというのに、と言おうと思ったが、それだと音琶が泣き出すに違いない。なら、多少狂ってもこいつの我儘は聞くべきだ。

 音琶の手を引きながらドアノブに手を掛け、扉を開ける。開けると正面にはカウンター、その奥には大量の酒瓶、左右の周りには4人以上座るであろうテーブルが陳列していた。そして、店員の方はというと...、


「......」

「......」


 いつもなら肩より少し長めのポニーテールを靡かせ高飛車な態度を取っている少女だが、今日は短めのツインテールにしていて服装はメイド服。グラスを白い布で拭きながら俺と音琶を見て思わず固まるその姿は滑稽だった。

 奴の名前は高島琴実。結羽歌と同じくベース担当で...。なんで今更奴のことを振り返ってんだ俺。


「な、なんであんたらがここにいるのよ!」

「いや、なんでって言われてもだな」

「いっつもいっつも二人一緒にいるけど、からかっているつもり!?」

「今その話関係あるか?」

「いや、ないけど...」


 ・・・・・・・・・


「まさかここでバイトしてたなんてね」

「夜のお仕事の方が稼げるって聞いたのよ、帰省から戻ってきたばっかだし...。2ヶ月前からしてるけど」


 音琶が注文した青りんごサワーを作りながら答える琴実。俺の方が先に注文したのに音琶の注文を優先するんだなこいつは。お客様の順番を大切にするコンビニ店員としては許されない行為だと思うのだが。俺はいつも通りコーラ選んだわけだけど。


「ほら、青りんごサワーよ」

「わあい、ミセスサワーだ!」

「おい...」


 いや今のどういうことだよ。あながち間違ってはいないけど、いないけど...、いないな。


「ほら、夏音のコーラもあるわよ」

「あぁ...」


 グラス一杯に注がれたコーラを受け取り、そのまま喉の奥まで流し込む。日々の練習を繰り返した疲れが一気に癒やされる感触がしたが、これが酒だったらどうなるのだろう。飲めないから頼む気はさらさらないが、もし俺が酒を飲める身体だったら真っ先にコークハイなるものを頼んでいたかもしれない。


「ほら、カラオケだってあるんだから歌ってきなさいよ。特に音琶はね」

「お、定番だね!琴実ともデュエットしたいな」

「わ、私ぃ!?別に良いけど...」


 琴実からデンモクを受け取り、選んだ曲を選択した音琶はマイクを受け取り歌い出す。まさに音琶が飲んでるサワーの名前に相応しいバンドの曲だが、こいつギターだけでなくボーカルの腕も上げてないか...?


「おぉ~」


 琴実が感嘆の声を上げているが、俺はそれを知らない振りしてコーラを飲み干した。

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