覚悟、サークルの裏側
鈴乃先輩について行き、1階にある喫茶店で話を聞くことになった。
4人分空いてる席を適当に選び、俺は鈴乃先輩の向かい、音琶の左隣に座り、結羽歌が鈴乃先輩の隣に座った。
今回は鈴乃先輩が奢ってくれるらしいが、ちょっとどころかすごく助かった。
「ホットコーヒー一つ」
「私もそれにしようかな」
「えと、私はカフェラテで......」
「じゃあ私は抹茶ラテ」
それぞれ何を頼むか決まった所で、本題に入る。
「今日呼び出したことは、サークルの人たちには言わないで欲しいの」
さっきまでの砕けた表情から一変して、鈴乃先輩は真面目な顔つきになっている。
この前までは音琶にも言うなって警告されたが、状況が変わったということなのだろうか。
「私以外の2年生以上はもちろん、1年生のこにも言わないで欲しいな」
「先輩達どころか1年のやつらにも言わないで欲しいってことは、今から俺らはかなりやばいことに足を突っ込むんですか?」
鈴乃先輩は前、サークルの現状があまり良くないとは言ってたが、きっとそれに関する話だろう。
わざわざこんな所まで呼び出して話すと言うってことはそれなりに重大なことなのだろうけど。
「そうだね、だからこそ君たちには知って欲しいんだよね」
「私も、違和感感じてました。あの掟読みましたけど、色々大変そうですよね」
今度は音琶が聞き出した。
前から思ってたけどこいつ、最初から何か知ってたんじゃないか? たまに裏の顔、と言ったら大袈裟かもしれないけど、何か思い詰めたような表情をしていることがある。
もし何か知ってるなら今ここで聞き出してしまおうか、いや今は鈴乃先輩の話を聞くべきだな、やめておこう。
「掟も確かに大変だけど、今日私が話そうと思ってることは、掟に書かれてないことなの」
「......!!」
音琶の顔が強張り、思い詰めたような表情をしていた。
そして鈴乃先輩が続く。
「大学の成績の付け方って、流石にもう知ってるよね?」
「そりゃ知ってますけど、それとサークルの何が......」
そう言いかけて、言葉が詰まる。
同時に頼んでいた飲み物がテーブルの上にそれぞれ並べられた。
鳴成大学に通う生徒全員に、学生便覧なるものが配られている。
それにはこの大学に通うに当たっての必要事項や地図、必要な単位数や教科についての説明がされている。
その中にある成績の項目......、大学の成績をつける際に必要なものといえば、まず思い浮かぶのがGPA。
履修した科目はテストやレポートによって点数が重ねられ、その合計点で評価が決まる。
評価は5段階あり、点数が90~100なら秀、80代なら優、70代なら良、60代なら可、それ未満なら不可となり再試験、ものによってはそのまま再履修になることになる。
もちろん秀が多いほど院試や就職活動を有利に進めることができるが、もし不可を出して再履修になり、それが積み重なると留年することになってしまう。
以前軽音部は留年している人が多いと聞いたが、まさに先輩達は不可を出しまくってるということなのだろう。
「成績、つけてるんですね」
俺がそう言うと、鈴乃先輩は小さくうなずいた。
「え? どういうこと?」
音琶が戸惑いながら聞いてきた。
掟のからくりに気づいてないのは俺の思い過ごしだろうか、それともわざと知らない振りをしているだけなのだろうか。
「察しが早くて助かるよ、これは2年生以上の機密事項なの。誰にも言わないでってのは、そういうこと」
何が何だかわからないような顔で音琶はコーヒーを啜っている。
結羽歌は気づいたようだけどな。
「大学側が生徒に点数をつけるように、うちのサークルも部員に点数つけて、評価を分けてるってこと」
「......!」
ここでようやく音琶も理解したようで、下を向いて歯を食いしばっている。
確かに真相は衝撃的ではあるが、音琶はまた何か別のことを考えてるようにも見えた。元ぼっちの洞察力舐めんなよ。
「何で新入生には黙ってるんですか? 掟にもそんなこと書かれてなかったですし」
「それはできるだけサークル辞められないようにするため、私がそれを知ったのは2年になってから。それまで何も知らなかったし、先輩達はそれに関しては何も言ってこなかった。後で聞いたら、そう言われた......。私それ知ったとき結構落ち込んだな......」
そりゃ相当凹むよな、普通サークルってのはそこまで支配されるべき場所じゃないし、掟がある時点で何か裏があるんじゃないかなんて思ったけど、ここまでとは。
「鈴乃先輩......」
結羽歌が不安げな表情で鈴乃先輩の名前を呼んだ。
今度は音琶が聞き出す。
「もう採点とかって、始まってるんですか? だとしたら私たちかなりやばいんじゃ......」
「始まってるよ、最初の部会の時からね。成績の基準は、演奏の技術はもちろんだけど先輩に対する態度とか、機材の扱いかたとか、部会の出席率もそうだし、あとは飲み会の参加率とかも基準に入ってる」
「マジかよ......」
今の話を聞いて、最初の部会から今日までのサークルでの出来事を振り返っても、スピーカーを壊したり、先輩と言い争いしたり、ろくなことをしてない。
「GPAとか、単位数とかも計算してるんですか?」
「うん、例えるなら基本部会とかライブは必修、不定期でやる飲み会は選択授業みたいな感じかな? とりあえず参加率稼ぐだけでもそれなりに点数はもらえる。GPAもあるよ、高ければ高いほどいい役職つける感じ。それで部長とか副部長を学年と成績交えて決めてる。だから後はさっき言ったことできてれば大抵留年することはないよ」
ちょっと待て、今この人留年って言ったか? 授業のことではないのはわかるけどまさか......、
「留年ってのは、サークル内での留年のことですよね?」
「そう、私の同期の人、先輩と喧嘩して大減点くらって、そのまま2年に上がれなくてやめちゃったんだよね......。私は何とかサークル変えようって思ってて、我慢して先輩達の機嫌とってた。練習もそれなりに頑張ったつもりだし、そしたら先輩達に気に入られて、副部長になれたんだ」
何てことだ、俺はこんなとんでもないところに入ってしまったんだな。
そしてこの人は、他の先輩達からしたら裏切り者ってことになるんだな。
でも、裏切りの全てが悪い訳じゃないということは、充分にわかる。
「......やっぱり、あそこには何かあった......、やっぱり......」
俺の隣で音琶がぶつぶつと何か言っているが、本当にどうしたんだこいつ。
「今日3人を集めたのは、このことを話すためだし、何とかしてサークルのこの現状を変えて欲しいって想いがあってのこと。もちろん私が言い出したことだし、ここは責任持って私が仕切る。協力してもらえるかな?」
この人が昨日俺らをライブに誘った理由が分かった気がする、鈴乃先輩の眼に嘘は無いし、ここは協力したほうがいいかもしれない。
それに俺は先輩達の中でかなりの低評価だろう、せっかく音琶達とバンド組むために入ったというのにな。
このままだと本当の目的を失いそうな気もするけど。
「いくつか質問してもいいですか?」
他にも気になったことがあったから聞けるだけ聞こう、その方が身のためだ。
「いいよ、何でも聞いて」
「どうして俺らなんですか? 1年なら他にもいますし、いくら俺が先輩の気持ち知ってるからって......」
「君たち、アンプ壊したでしょ。点数がやばいことになってるから助けてあげようと思って。さっき言った同期の人と同じ想いさせたくないし。それに......、もう辞めちゃったけど日高君、だったっけ? あなた達はもうバンドの話進めてるみたいな感じだったし、サークルの現状を変えることができるんじゃないかなって思ったのよ」
あれだけ音琶が出しゃばってれば嫌でも目立つし、そう思われても仕方なくもない、音琶の破天荒さも以外とプラスになるのかもしれないな。
きっと機材を壊すなんて相当の減点なんだろうな、今この段階で言うってことはマイナスまで突入してるんじゃ......。
気になるけど普通に恐ろしいから聞かないでおこう。
「3人とも仲よさそうだし、もしかしたら? ってね」
「......」
そんなことでいいのか、人間なんていつ裏切るかなんてわからないのに。
しかもこんな重大な秘密を......。
「......わかりました。それと、俺夜勤バイトしていて金曜日と土曜日しか出られないんですけど、大
丈夫なんですか?」
俺がそう言うと、鈴乃先輩が厳しい表情になった。
「うーん、夜勤はおすすめしないよ。確かに稼げるけど......、夏音くん夜間じゃないよね?」
「はい」
「金曜日の飲み会参加しないならまだしも、土曜日は割と行事あるから出れないんじゃないかな?」
絶望的なことを言われ、これからバイトはもっと考えてから決めようと深く反省した。
「そうなんですね......、あと最後に一つだけ」
「うん、何かな?」
「これから色々やってきますけど、誰かにばれたらどうなるんですか?」
「......誰かにばれたら、まず2年目以上で犯人捜しが始まるんじゃないかな、今まで1年に知られたことなかったみたいだからどうなるかはわからない。でも、最悪サークルを強制的に辞めさせられることになるかも」
「あの、本当に俺らでいいんですか? ちょっと、恐ろしくて次部室行くの結構勇気いるんですけど......」
「このことは私一人で解決できるような問題じゃないの。それに、先輩達しか成績のことは知らないから、怪しまれるようなこと言わなきゃ大丈夫だよ」
本当に大丈夫なのか不安だけど、何もしないよりはマシか。
大減点くらった俺らからしたら知っておいた方が今後のためだろう、知らなかったらまた先輩と言い合いしてたかもしれないし。
「あとは何か、聞きたいことある?」
俺だけでなく音琶と結羽歌にも聞いていた。
「俺はもう、大丈夫です」
「そう、音琶と結羽歌は?」
「えと......、私も、ないです......」
「......」
さっきから音琶が考え事をしているのか、何かに取り憑かれたかのように眼を大きく見開いて下を向いているが、これはもう大丈夫じゃないな。
そう考えながらコーヒーを手に取り口をつけたが......、冷めてんじゃねえか。
・・・・・・・・・
「話聞いてくれてありがと、それじゃあ5日よろしくね」
ショッピングモールを出て鈴乃先輩と別れ、音琶と結羽歌と3人で家路に向かう。
「なあ音琶」
「何?」
いつの間にか音琶はいつもの音琶に戻っていた。
こいつの思考回路がどうなってるのか読めない。
「お前何か知ってるのか?」
「......」
「音琶ちゃん?」
俺がそう聞いて音琶は黙り込んでしまった。
結羽歌も心配になってるのに、どうして何も答えないんだ?
「ごめん」
それだけ言って、音琶は逃げるように先に帰ってしまった。
「なんなんだよあいつ......」
「......あの、夏音君?」
音琶の姿を追いかけながら、結羽歌が聞いてきた。
「その、私、サークルに居ても、大丈夫、だよね?」
結羽歌のことだから、きっと、というか絶対不安になっているんだろう。
でもあれだけベースを頑張るって言ったんだから、ここは協力して欲しいとは思う。
「大丈夫に決まってんだろ、何今更不安になってんだ」
「......うん、そうだよね......」
涙目になりながらも結羽歌は頷いた。
こいつは見た目よりずっと強い奴なんだから、大丈夫に決まってる。
「それじゃあな」
アパートに着いてしまったので結羽歌とも別れ、夕飯どうしようか、なんて考えながら部屋に入る。
冷蔵庫を開け、適当な食材を用意しているとテーブルに置いてあったスマホが鳴った。
一度手を止め、画面を確認すると鈴乃先輩からだった。
「今度はなんだ?」
LINEを起動させ、鈴乃先輩とのトークに入ると、そこで俺は目が釘付けになってしまった。
「......!」
それは1枚の画像だった。
画像は画像でもただの画像ではない、俺はすぐさまその画像を保存した。
そして写真のアプリを開き、確認する。
間違いない、この写真はショッピングモールで鈴乃先輩が後で見せるって言ってたやつだ。
「あれマジだったのかよ......」
てっきり冗談で言ってるのかと思ったが、まさか本当に撮ってたなんて......。
そして届く鈴乃先輩からのメッセージ。
RINO:音琶の水着、かわいいでしょ?どう?
なんて返信すればいいか言葉が見つからなかったから、適当にスタンプを送信することしかできなかった。
思わず保存したけど、ここまで他の誰にも見られたくない写真を手に入れたのは初めてだった。




