愚痴、好きだからこそ
9月4日
音琶ちゃん曰く、夏音君は暫く部室に引きこもって練習するらしい。だから私は鳴成に戻ってきてから音琶ちゃんと買い物に行く頻度が増えた。勿論ライブハウスでのバイトもしなきゃだけどね。
「音琶ちゃん、いつも可愛い服着てるから、こういうのいつも大事にしてるんだね」
「うん、ちょっとでも可愛いの着たいからね」
「やっぱり、夏音君に見られたいんだね」
「うん、あいつは全然そういうの言ってくれないけどね」
うーん、夏音君も色々素直になれない所があると思うんだけどな。でも、やっぱり彼女さんの気持ちは考えたほうがいいのかな...?
私もいつか、日高君と付き合えたら...。ううん、そんな叶うか分からないこと考えちゃダメだよね...!
「ねえ、お腹空いたからなんか食べない?」
「うん、そうだね」
朝、音琶ちゃんに誘われて駅前のモールに集合。それから適当に服を見て、お腹が空いたらお昼ご飯を求める。それが終わったらゲームでもすることになるかな?それとも本屋でも行って漫画とか買ったりするかな?どれも私にとって満たされることだけど、音琶ちゃんはどうなのかな?
音琶ちゃんに促されるようにフードコートに移動し、赤い暖簾が掛けられたお店の前で立ち止まる。えっと、これって...。
「ねえ結羽歌、こういう店は初めて?」
「う、うん」
「そっかぁ...、嫌だったら他のとこにするけど」
「ううん、私もちょっと気になってたんだ」
「言ったね?そしたら後戻りは出来ないからね!」
そう言われて、暖簾の中を二人して潜っていく。潜った途端、香ばしい脂の匂いと湯気が私の視界を覆った。こんな所があったなんて、田舎育ちの私からしたら新鮮だけど、色々気にしなきゃいけない要素があったりするからちょっとだけ不安かな。
「実は、夏音には隠れてこっそり食べたいお店があったんだ」
「た、確かに、音琶ちゃんが好きそうなお店だね。夏音君は絶対反対しそうな感じの...」
「あいつが部室で練習している間にも、悪いことしちゃいたいななんて思ったりしてさ」
「音琶ちゃん、食べたいもの食べるのは悪いことじゃないと思うよ」
「それならいいかな。あいつは堅すぎるのよ」
腕を組みながら強がる音琶ちゃん。椅子に座り、メニューを見る。なんかこう、カロリーが高そうなのばっかりかな...。でも、今まで健康的なものばかり食べてきた私からしたら、少しは脂肪分が高いもの食べてもいいのかな...?もしかしたら胸も大きくなるかもしれないし...。
「醤油豚骨大で固め濃いめ背脂多めで!」
「ふぇっ...!!」
音琶ちゃんが私にとって想像もしない注文をしたから変な声が出ちゃった。にしても、そんな太りそうなメニューなんて...、
「どうしたの?」
「い、いや、私だったら絶対頼まなそうなメニューだし...」
「結羽歌、食べきれなかったら私が全部食べるから大丈夫だよ!たまには食べまくりたいんだもん!」
「そ、そっか...」
メニュー見ればわかるんだけど、こんなの食べたら次の日にはお腹がぽっこりになりそうかな。元々痩せてはいるけど、カロリーが低いものを食べて生活してきたから健康上どうなるか目に見えてしまう。
でも、都会に住むことになったからにはこれくらいの経験はしたほうがいいのかな。
「わ、私も同じメニューで...!」
やってしまった。でも、悪いことじゃない。
「思い切ったね~」
「う、うん。日々のストレス発散ってことで...」
「その意気だよ!」
スマホ片手に音琶ちゃんは大きな声で答える。平日の昼間となるとお客さんはほとんど居なくて、大学生の私達くらいだった。だからこうしてちょっと変わった会話も出来たりする。
「音琶ちゃんは、こういうのよく食べるの?」
素朴な疑問を音琶ちゃんに投げかける。音琶ちゃんが食欲旺盛なのは知ってたけど、実際の食生活はどうなんだろう...?
「うーん、基本はあんま食べないかな。お金のこともあるから学校ある間は学食使ってるし、今は夏音と同居っぽいことしてるから、夏音が作ってくれるご飯食べてるし、こういうのは初めてかな」
「そ、そうなんだ...」
「この前、一緒にここ行こうって話したんだけど、あのバカ、『これ以上自分の彼女がデブだと恥ずかしい』って言って入らせてすらくれなかったんだよ」
夏音君、音琶ちゃんのこと大事にしてるのかしてないのかよくわかんない所まで来てるかな。
「そんなこと、言ってたんだ...。でも、音琶ちゃんは別に太ってないと思うけどな...」
「そうだよ、太ってないんだよ。そのくせあいつはいつも私のお腹がどうとか文句言ってくるんだから。海行った時は撫でてくれたのに、言ってること無茶苦茶なんだから!」
お腹をさすりながら音琶ちゃんは夏音君に対する愚痴を私に投げかけてくる。なんかこう、照れ隠し的な何かだったりするんだろうな。好きだからこそ出てきちゃう愚痴みたいな感じの...。
「そりゃあいつは私の事大事にしてくれてるのわかってる。でも、最近なんか素っ気ないっていうか、何考えてるかわかんないけど、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃなかなって思うんだよね」
「......」
少しだけ顔を赤くしながら文句を言う音琶ちゃんが可愛くて思わず笑ってしまいそうになったけど我慢する。
悩みの相談なら受けてもいいんだけど、これは別に相談しなくても二人が喧嘩することなんてないと思うし、むしろ仲の良い証拠なんじゃないかなって思わなくもない。だったら...、
「音琶ちゃん、幸せなんだね」
話を聞く限り、好きな人の愚痴や不満を言えることは、幸せなことなんだと思う。何もかも、完璧な人なんて居ない。欠点があるからこそ、もっと今まで以上に仲良くなれる原因があったりするんだと思う。だから、私はこう言った。
「そうだよ、あんなバカとも一緒に居れて、幸せなんだもん...」
音琶ちゃんは小さくそう言った。私の思っていることは、間違いではなかった。
「羨ましいな...」
そう言おうとした瞬間、出来上がったラーメンが音琶ちゃんのカウンターの目の前に出された。脂の香りが鼻を突き、割り箸を割って麺を掴む音琶ちゃんは目を輝かせていた。
間もなく私の元にも同じものが出されて、濃厚な麺を口に入れると刺激的な味が拡がっていた。




